Motorcycle Kinky 〜もときん〜

笹岡悠起

アルファ版 影布

Tell me, doctor

「ピンポーン」チャイムが鳴る。

 私の心臓アイドリングもポンッと一瞬だけ乱れる。

 今日は私たちのご主人様マスターになる方がいらっしゃる日。


 ドクが勢いよくドアを開けて少年を出迎える。

「ベンヴェヌート! チャオ、グラッチェ!」


 少年がドクの出で立ちに目を丸くして立ち尽くす。そりゃそうですよね。普通のドクターは大抵がメカニックスーツ、いわゆる作業ツナギ姿なんですけど、ここゴッドアップルリバーシティの私たちのドクターと来たら真っ青な革製レーシングスーツですもの。


「よくきたのう! さぁ、もうわかっとるよの?」

 彼の背中にそっと手を当てて、私たちの前へとドクが導く。

「ここに三にんのモトがおるじゃろ?」

 彼がおっかなびっくりな、でも好奇心いっぱいの眼差しで私たちの方を見る。

「あ、あの。こ、この娘たちに触れてみてもいいですか?」

 まだまだ少年のトーンの彼が少しだけ声を震わせながら、それでもしっかりした決意を感じさせる口調でドクに告げる。

「もちろんだとも!」

 ドクの返事を待って、彼がそっと私に手を差し出す。優しくアクセルを握る彼。


「初めまして、ご主人様マスター」私も手を握り返してそっとお辞儀をした。


「彼女の名前は影布。この娘たちは君を何処にだって連れていってくれるが、その中でも彼女は峠道やまタイプのモトじゃな」

 博士の説明を熱心に聞く彼の手に力が入る。あっ、アイドリングが上がっちゃう。

「そして君から見て右隣におるのは、美能。どちらかと言うと街タイプのモト娘じゃ」

「初めまして!」美能ちゃんが右手を差し出して彼に挨拶する。彼も私と握手していた手を離して美能ちゃんのアクセルを握る。

「初めまして。君は本当に街タイプなの? なんだか君と握手してるとキャンプとか行きたくなっちゃうよ」

「これこれ、世論に流されちゃいかんよ。本来の彼女はそんなに沢山の荷物を積んだり長距離を走ったりするのは苦手なんじゃ。じゃが彼女は面倒なギア操作を必要としないから初心者には優しいぞ。ちょっとコンビニに何て時も気軽に付き合ってくれるんじゃ」


「ちょっとドク、早く私も紹介してよ」

「おおう、そうじゃった。彼女は蓮浦。どちらかと言うと彼女が一番アウトドアに向いているかのう。野山やまタイプのモトじゃな」

「え? いまなんて?」

「彼女は野山やまタイプの……」

「最初に紹介してもらった彼女は?」

「じゃから、彼女は峠道やまタイプのモトで……」


「うーん、よくわからないけど、アウトドアは魅力的だなぁ」

 彼が蓮浦ちゃんのアクセルを握りながら目を輝かせている。いつもなかなか選んで貰えない蓮浦ちゃんにも期待の笑みがこぼれてくる。

「ドクター、跨ってみても?」笑顔で彼がドクにそう伝えると、ドクは「もちろんじゃ」と言って蓮浦ちゃんのサイドスタンドを跳ね上げた。

 その瞬間、蓮浦ちゃんの表情が曇り、溜め息を漏らした。

「こ、これは意外と」彼はピンっと伸ばしたつま先をプルプルさせながらかろうじて地面に触れさせている。

「はぁーっ」蓮浦ちゃんは、昨日飲み過ぎたのかお酒カストロール臭い大きな溜め息を履いた。


ギア付きMT車ギア無しスクーターか……」私と美能ちゃんに交互に跨ってみた後、腕組みして悩む少年。

「少年よ。君はこれから先、ずっとオートバイに乗り続けるかい?」

「う〜ん、正直よくわからないです。車の免許を取ったらバイクに乗らなくなるかも知れないし……」目先の楽しいことだけを考えていた少年が少しだけ大人の顔つきになる。そうかぁ。男の子がみんな私たちのこと好きとは限らないよね。

 だけど今、ずっと乗り続けるって安直に言わなかった彼の正直さは、彼がまじめな男の子だってこと。気付くと私も小さく溜め息を付いていた。彼に合うのは美能ちゃんなのかもって考えちゃったから。


「だったら、この娘たちが君の初めてのオートバイになるし、そしてもしかしたら最後のオートバイになるかもじゃのう」ドクが彼に三色に色分けされた柄の缶コーヒーを渡す。ドクが自分の缶コーヒーのプルタブを起こし一口飲む。彼も同じようにプルタブを開けてコーヒーを口に含んだ。

「甘っ!」


「街タイプや峠道やまタイプってだけじゃない、只真っ直ぐ速く走るのが得意な娘もいれば、ギアがあるのにその操作がいらない娘だっている。三色だけじゃない、無限の色を纏ったモトに巡り会えるんじゃ。但し、君が走っている間はね。

 勿論、一番大事なのは君が楽しいと感じる気持ちじゃ。乗らなくなったっていいし、乗りたくなったならいつでもまた戻ってくればいい。

 自由をくれる乗り物なんじゃ、自由な気持ちで付き合えばいいんじゃよ」


 缶コーヒーを飲み終えた彼が私と美能ちゃんの間に立った。そして目を瞑って深呼吸したあと、ゆっくりと瞼を開いていく。


「うん、君に決めた」

 彼の手がそっと私のシートの上に置かれる。


「本当はマニュアルはちょっと怖いけど。でも、もしかしたら、最初で最後のオートバイになるかも知れない。それなら僕がオートバイをちゃんと運転できるのかどうか確かめてみたいんだ」


「ぃいやったぁ! ご主人様マスターゲットだぜっ! ……だわよ」

(これからよろしくね、ご主人様マスター。私と一緒に色んな所に行こうね!)


 思わずガッツポーズをとる私でしたとさ。

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