Ⅲ 論争
そうして、大まかではあるが自らの修行法と進むべき方向性を確立した我は、さらに神学の知識を深めるべく、王都マジョリアーナ近郊のアルカリ大学でしばし学んだ後に、さらにはエウロパ世界随一の歴史と伝統を誇る、隣国フランクル王国の都パリーシスにあるサン・ソルボーン大学へと入学した。
このエウロパ世界の文化の中心、〝華の王都〟に築かれた古代イスカンドリア帝国の栄華を思わすような石造りの巨大な学舎において、我は神学並びに一般教養を七年間学んだが、その学生時代に意気投合し、同じ熱き想いを抱く六人の同志を得るに至った。この出会いは、まさに神の与え賜うた奇蹟であったといえるであろう。
特にファンシエスコ・ハベエラとピエルド・ファルベールの二人は、誰よりも心を許せる我が最大の理解者であり、また、我が理想の実現を補佐し続けてくれた生涯に渡る盟友でもある。
サン・ソルボーン大学に入学後、我も学生寮で暮らすことになったのだが、その際、同室になったのがこの我より五つほど歳下である、黒い短髪
黒い縮毛のファンシエスコとは生まれ故郷も近く、その境遇も我とどこか似ていた。
我が脚を負傷したポンパドーラ付近のハベエラ城を治める騎士の家の出で、もともとは哲学を専攻する学生だった。実家の領地のある場所はエルドラニアとフランクルの係争地であったため、戦乱に翻弄される少年期を送ってきたようだ。
一方、金髪メガネのピエルドは神聖イスカンドリア帝国を構成する領邦の一つサパディア公国の出身で、若輩にしてすでに博士号と司祭の資格を持っていた学生一の博識である。
だが、入学当初、我とこの同室の二人はその考え方において相対する存在であった。
〝鍛霊〟という瞑想による神との合一を重要視する我に対し、二人は学問を通しての理性により、神へと近づく方法を取っていたからである。
「――アグノくん、君は神学を学ぶ学生のわりに〝鍛霊〟とかいう瞑想の方こそを重んじているそうじゃないか? ならば君は神の御心を理解するのに理性は必要ないと考えているのかい?」
ある日、いつものように質素な自室のベッドで寛いでいると、哲学を学ぶ者らしく、理屈っぽいファンシエスコがそう言って論争を挑んできた。〝アグノ〟というのは我の略称だ。
この頃、我はすでに〝鍛霊〟の瞑想法を確立しており、その話は学生の間でも話題になっていたのだ。
「ほおう…なんだかおもしろそうだね。神に至るのに必要なのは理性か? 瞑想か? 非常に難しい問題だ」
ファンシエスコの声が耳に入ると、静かに窓辺で本を読んでいたピエルドも我らの話に乗ってくる。
「フン……愚問だな」
だが、博識なピエルドをして「難しい…」と言わしめたこの問いに対し、我はすでに明確な答えを持っていたりする。
「確かに、神という存在やその被造物たるこの世界のことを隈なく理解し、それを人々にわかりやすく教え説くのに理性は必要だ……だが、神を心に思う瞑想を通してのみ、人は神の御心に直接触れることができるのだ!」
我はまるで説法をするかの如く、朗々とした声の調子でファンシエスコの質問に答える。
「なるほど。では、君は瞑想よりも理性に頼る神学の方が劣っていると、そう言いたいのだね?」
すると、今度はピエルドが敢えて意地悪な批判をぶつけてくるのだが、それも我の信念を揺るがすようなものではない。
「一つ言わせてもらうが、ファンシエスコくん、ピエルドくん。君らの意見は〝はじまりの預言者〟たるイェホシア・ガリールの教えを――即ちプロフェシア教自体を否定するものだとわかっているのかね?」
「な……!?」
「なにをバカなことを……」
思わぬ我の逆批判に、二人は目を見開いて唖然とする。
「『聖典』をよく読んでみるがいい。イェホシアは悪魔の山での瞑想修行の末、〝いつも心に神を思えば、誰しもが神の御言葉を預かることができる〟という境地に達した……つまりは我らが
そんな固まる二人の理屈屋に、さらに我は反論を続ける。
「〝はじまりの預言者〟に続き、聖ケファロに始まる歴代預言皇達も、その神の御言葉をイェホシアの如く預かれるが故に尊いのであって、だからこそ、我らが神の教えは
「………………」
プロフェシア教の原意に根ざした我が主張に、哲学者のファンシエスコも、博識のピエルドももうそれ以上、次の言葉を継げずに押し黙ってしまう。
「君達は確かに賢い。だが、賢いが故にイェホシアの本来の教えを見失ってしまっている。とりあえずは君達も〝鍛霊〟を試してみるといい。きっとイェホシアの如く、君達も真に神の道に生きる者として復活ができるだろう」
大きな衝撃を受け、瞑想の重要性に気づき始めたこの学徒二人に、我は〝鍛霊〟の実践を勧めてみた。
「……あ、ああ。それじゃ、やり方を教えてくれないか?」
「詳しく話してくれるかい? 〝預言〟というものについて、もっと君と話がしてみたい」
こうして彼らも〝鍛霊〟の修行を行うこととなり、この一件がもとで我らはすっかり意気投合するようになった。ファンシエスコなど哲学科から神学科へ転向し、自身も修道士になったくらいである。
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