騙し愛~偽りの私たち~

※本作は『騙し愛~偽りの私〜』『騙し愛~偽りの僕~』の続編になっております。


 小学生の頃、教室でハムスターを飼っていてね、夏休みは家に持ち帰り、交代で預かっていたのだけれど、ある日、ハムスターが籠から逃げてしまい見つからないと、泣きながら友達が相談してきた。だから僕は、こう答えたよ。

『それならば、似ているのを買ってきて、入れておけばいい』と。


 彼の言いたいことは、よく分かる。私はハムスターどころか、人間さえも見分けられなかった。

「その後、別の友達の番になっても、教室に戻ってきても、誰もそのことに気づかず、かわいい、かわいいって、みんな言っていたよ。そんなものさ、君もそうだろ?」

 今の私に言えることは、何もない。騙していたのね、なんてもちろん、彼の嘘を軽蔑することも許されない。ただ、自分とは何か違うと思いながら、冷たい視線を向けてしまう。

「嘘をついていて、ごめんなさい。あなたのことも責めたりはしません。だから、許してください」

 私が何を言っても、彼はただ、ニヤニヤと笑っているだけ。その表情は、とても数分前まで愛していた相手だと思えなくて、悪の心だけが体に残り、魂を蝕んでいるように見える。

「許す?許すも何も、僕は憎んだりはしていないよ。だって、お姉さんと似ている君を好きなわけではなくて、いつも僕を求め、必要としてくれる君を愛しているのだから」

 私には、その気持ちが分からない。今、彼に対する愛は、完全に冷めている。

 冷めているというよりも、私が好きだった人はお兄さんなのだから、この人への気持ちは初めから煮えていなかったはずなのに、愛していたことも確かだから、自分のことすら、分かってはいない。

「あなた、私のことを姉さんだと思っていたんでしょ?」

「そうだよ。でも今は、君で良かったと思っている。だって、相手がお姉さんだとしたら、僕は今頃、悲しみの底にいたよ。君だってそうだろ?相手がお姉さんの恋人でないのなら、後ろめたい思いをしなくていいのだから。僕と君がしていたことは、決して過ちなんかじゃない。お互いにとって、良かったことなのさ」

 彼の言っていることが間違っているとは言わない。ただ、自分の気持ちに答え合わせをすれば、それは大きな間違い。

「違う……私が愛していたのはお兄さんで、あなたではない」

「違わない。君がいつも、愛していると言いながら唇を触れ合っていたのは、僕なんだよ。それが兄だとしたら、君のことを拒絶していただろう。それで良かったと言うのかい?」

 彼の言葉は、悪魔のささやきだが、それを聞いていると、私の感情など、中途半端な常識の中にある先入観だと思わされ始めた。

「そうね……あなたの言う通りかもしれない」

 それから私は、これまで通り彼との関係を続けた。互いの偽りが明かされただけで、何も変わりはしない。むしろ彼は、これまで以上に私からの愛を求めてくる。

 ただ一つ、私の中で変わったことは、私から愛の言葉を口にすることは無かった。ただ、彼から愛しているかと聞かれれば、それに頷くだけ。

 互いが兄と姉の名前を口にしなければ、これまでよりもずっと楽になれた。それは愛というよりも、彼と姉への罪滅ぼしなのかもしれない。

 人それぞれ愛の形が違うように、幸せの捉え方も色々なこと。そう、これが私の形だと思いながら、真っ赤な色に心を染める。すべては望んで、手に入れたもののはずだから。

 彼と二人でいる部屋は、とても平穏な空間だった。時間は刻々と流れているはずなのに、まるで止まっているように思わされる。けれど、それは思い過ごしでしかなかった。

 彼の部屋を訪ねてくる人など、私しかいなかった。だから、ゆっくりと扉をノックする音が聞こえると、空耳ではないかと思わされる。

 彼は首を傾げながらノブを回すと、その訪問者を見た途端に後ずさり、膝を落として座り込んだ。

「ど、どうして……」

 それは、私が初めて出会った時とは別人のようであったが、姉が愛していた相手に間違いはなかった。

「やっぱり。怪しいと思ってね、ずっと君の後をつけていたんだよ」

 それは、ただの兄弟喧嘩ではなかった。兄が振りかざしたナイフは、弟の腹を突き刺し、そこから真っ赤な血が流れる。

「僕は君に、相応しくない男になってしまった。けれど忘れたわけじゃない。だから、駅前で君を見かけると、自然に足がついて行っていた。声をかける勇気はないけれど、君の姿を見ていたかった。それなのに君は、僕が一番見たくはないものを、見せてしまったね」

「違う、誤解なの!よく見て、私は姉さんじゃない!」


 真っ赤な血は、私からも流れていた。それは嘘ばかりついていた唇と同じ色であり、身体は偽りの色に染まっていた。

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