その学生探偵、二刀流
華川とうふ
二刀流には気をつけろ
「あいつは二刀流なんだ」
級友は僕にそう警告した。
この学校で阿加井夢二のことを知らないものはいない。
入学してから、テストでは学年トップの成績を修め続けるにも関わらず、彼の姿を教室で目にしたことがあるものはほとんどいない。
だけれど、誰もが彼のことを知っている。
彼は名探偵という噂なのだ。
噂では警察がお手上げの数々の難事件を解決に導いているらしい。
その物語が欲しい。
廃部寸前の新聞部を救うために、彼のその難事件についての物語と推理が僕には必要だった。
もしできるのなら、まだ彼が解いていない謎をスクープして、彼に解いてもらいたい。
僕が彼に依頼しようと決めたとき、周りはこう言って俺を止めた。
「彼は二刀流らしいから、やめておけ」
二刀流……自分の状況と周囲の困り顔からその意味は何となく理解できた。
二刀流に気をつけろと言われるということは……たぶん、おそらく、そういう意味ということだろう。
阿加井夢二は美しい。
その美しさは老若男女問わずに有効だ。
以前、阿加井はカフェで無銭飲食をしたらしい。
財布を忘れたのだが、それに気づいたカフェーの女給は阿加井の美貌に免じて見逃そうとしたのを、カフェーのオーナーに気付かれた。
ただ財布を忘れただけなのに女中のおかげでちょっとした騒ぎになったのである。
さらにこの事件には続きがあり、阿加井の美貌はカフェーのオーナーまで篭絡し、それ以来、阿加井はそのカフェでは無料で飲食できるようになったという逸話まであった。
***
「阿加井 夢二君? 新聞部なんだけど、少し話を聞くことはできないかな」
「取材ってこと?」
学校の中庭の木陰に寝っ転がっていた阿加井はめんどくさそうに眼を細めた。
「守秘義務っていうのがあるから」
阿加井は細めていた目を今度は閉じた。
もうこの話はおしまいというように。
だけれど、次の瞬間、彼の鼻がピクリと動いた。
「君、もしかして西谷洋菓子店の……??」
「ああ、そうだけど」
もしよかったらと、僕はいつも余分に用意してある菓子の包みを取り出す。
いつ何時売り込みのチャンスがあるかわからない。
洋菓子をいろんな人に知ってもらうためのチャンスを逃すわけにはいかないのだ。
包みを受け取ると阿加井は満面の笑みを浮かべた。
それは人を惑わす妖艶な笑みというより、子供が全力で笑ったときのようなまるで太陽のような笑顔だった。
見ているこちらまで暖かい気分になるような表情だ。
阿加井は包みのリボンを丁寧に解いて、その長い指で器用に菓子をつまんだ。
キラキラとしたままの砂糖がまぶされた焼き菓子。
「ああ、うまい……酒があったらなあ。酒はもってないのかい?」
阿加井はこちらを見つめながら無邪気に笑った。
「酒はない……けど、うちにはもっと酒がたくさん使われた菓子がある。もし、ちょっと昔話を聞かせてくれるのなら、たくさん用意することもできるが」
阿加井はうんうんと嬉しそうに頷く。
まるで子犬がしっぽを振っているいるみたいだった。
その日から俺と阿加井は何かと一緒にすごすようになった。
僕と阿加井が数々の怪奇事件にであうようになるのはそれからしばらくしてからのことなので、そのことについてはまたいつか話そう。
ああ、そうだ。
後に「二刀流」ということばを調べると、酒と甘味両方がいける口のことだったり、仕事を二つ持っている人などという意味もあった。
なるほど、確かに阿加井は二刀流だ。
ただし、酒と甘味のほうでもあり、学生と探偵という二足のわらじを履いているという意味でもあるけれど。
阿加井が真の意味で二刀流使いであることを僕が気づくのはもっと、ずっとずっと、あとの話であった。
その学生探偵、二刀流 華川とうふ @hayakawa5
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