【第3章】魔物氾濫編

第70話 魔物氾濫


 魔物氾濫スタンピードが起きた。混乱の坩堝るつぼと化した学校は、訓練場を臨時の避難所としていた。ここなら医療設備が充実しているからでもある。

 そして、怪我人や実力的にまだ魔物と戦えない者たちが集まっている、その中心に、突如として魔物が現れた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ま、魔物だ!」

「な、何でこんなところに!?」

「助けてぇぇぇぇ!!」

 魔物の姿を見た、学生たちがパニックになる。

「ぐ…ぐぅ、生徒たちには…指一本触れさせんぞ」

 大怪我をしているのか、全身に包帯を巻いた男がパニックになった学生たちを庇うように魔物の前へと出てきた。

「宗次さん?」

 魔物の後ろから、男の名を呼ぶ声がする。

「君は?真央くん…か?」

 見知った顔の登場に続いて、3人の女性たちも姿を現した。それを見て、身構えていた宗次は臨戦態勢を緩める。

「おにぃ、あたしは友達を探してくるね!」

 明璃は先程連絡をくれた友達が心配なのだろう。到着するとすぐに友人を探しに行った。


 未だ戦闘態勢を取ったまま警戒している宗次だが、よく見れば、現れた魔物はこちらを攻撃する様子はなく、おとなしいものだ。さらに、まるで主人に従うように真央にかしずいている。

「真央くん…その魔物は…?」

「驚かせてしまったようで、すみません…この場所しか分からなかったもので…こいつは俺の新しい仲間です」

「そ、そうだったのか…ふぅ」

 話を聞いて、宗次は戦闘態勢を完全に解いた。

「ドルフ、挨拶しろ」

「はっ!お初にお目にかかります。魔王様直属の部下、ドルフと申します」

「しゃ、喋った?」

「ドルフ、みんなが驚いてしまうから、少し戻っていてくれ。送還」

 訓練場に突如として現れた黒い魔物が魔法陣の光の中に消える。

(詳しい話を聞く前に、まずは治療だな)

「アルス、召喚来てくれ

 消えた魔物の代わりに、今度は魔法陣から白いワンピースの少女が現れた。

「アルス。みんなに霊薬エリクサーを」

「うん!わかった!」

「咲希と里奈も治療を手伝ってやってくれ」

「あぁ、了解だ」「わかりました」

「真央くん?その少女は?ぐもっ…んぐっ…ごくん」

 突然現れた少女に宗次は困惑していたが、口を開いた瞬間に小瓶をなげこまれ、中に入った液体を飲み込んだ。

「これは…」

 液体を飲み込んだ瞬間に、身体の怪我が全て完治したのだ。

 アルスは咲希と里奈にも霊薬エリクサーの入った小瓶を渡して、3人で手分けして怪我人の治療を行って行く。

「ううっ…あれ?痛くない?」

「脚がっ…俺の脚が…え?ある?なんで?」

「もしかして…君が治してくれたのか…?」

「天使だ…」

 一部、おかしな呼び名が聞こえたが、全ての怪我人を治したアルスと咲希と里奈が真央の元に戻る。

「おわったよー」

「怪我人はこれで全員か?」

賢者の秘薬エリキシルがこんなにあるなんて…」

 里奈はあっさり大量の霊薬エリクサーを供給したことに驚いているようだが、咲希は俺の行動にも随分と慣れたらしい。

 アルスは簡単な仕事だったよという感じで、俺に抱きついてきた。

「よしよし。良くやったぞ、偉いなアルス」

「えへへ〜」

 真央が少女を撫でる。

「真央くん、その少女は?」

 さっきもそんなことを言っていた気がするが、宗次が改めて質問をぶつけてきた。

「この子はアルス。宗次さん達が前に戦った、スライムですよ」

「アルスだよ!」

 アルスが元気いっぱいに挨拶した。

「え?…この子が?あのスライム?え?」

 おっと、どうやら、更に混乱させてしまったようだ。そういや、この姿を大勢の人前に晒すの初めてだったかもしれないな…

 アルスは俺に抱きついたままだけど、特に邪魔でもないので、そのままの状態で宗次さんに尋ねた。

「ところで、宗次さん。何があったのか教えてもらえますか?」

 咲希と里奈も何が起きたのかは気になるようで、側で話を聞くようだ。

「あ、ああ」

 アルスが抱きついたままの俺があまりにも自然に質問してくるので、少々面食らったようだったが、気を取り直した宗次がこの学校で起こったことを語り始めた。

「つい先日のことだが、演習ダンジョンの最下層で、狼系魔物が大量に発生したんだ」

「狼系の大量発生ですか…?」

 学生にとっては脅威となる最下層の魔物が大量に発生したと聞いて、里奈が驚く。

「ここの演習場ダンジョンがランク変位型なのは知っているかい?」

「はい」

 咲希は、この学校の演習場のことはよく知っているようだ。

「具体的に言うと、1〜2階層が洞窟型でF〜Eランク、3階層が荒野フィールドでDランク、そして、最下層4層が草原、森林タイプのフィールドでCランクなんだが…」

「フィールドを含んだ積層型ダンジョンか…」

 異世界あっちにも存在していたが、タイプの異なる積層型ダンジョンは成長する可能性がある…今回はそれか?

「数日前から、1〜3階層で魔物の数が減少しているという報告があってな、調査を兼ねて、高ランクの学生と、我々講師陣でダンジョンへ潜ったのだ」

 まずいな…魔物の分布の変異はダンジョン成長の兆候だ…

「それで、最下層の狼系大発生に遭遇したんですね?」

「そういうことだ」

「最下層の奥は確認しましたか?」

「最下層の奥?いや、森にある遺跡までは行ったが、そこにとてつもなく強い魔物がいてな…」

「それはどんな魔物だったんですか?」

「わからん…姿も見えず、気がついたら俺はやられていた」

「よく無事に帰ってこられましたね?」

「仲間たちがな、転移結晶を使ってくれたんだよ」

「転移結晶…ね」

 少しだけ嫌な思い出が頭をぎったが、そんなことは直ぐに記憶の片隅へと消えた。

 これは、俺たちで確かめて見る必要がありそうだな…

「俺が怪我でここに運ばれて、治療を受けている間に、魔物氾濫が起こったんだ」

「ちょっと待ってください。学校のダンジョンは安全管理が行き届いているから、内部で死者なんてほとんど出ないはずですよね?」

 里奈が疑問をぶつける。

「ああ。今回もダンジョン内で死者は出ていない。だが、魔物は溢れてしまった…」

「どういうことなんだろう…?死者と魔物氾濫は関係ないんだろうか?どう思う、真央?」

「俺も魔物氾濫についてはほとんど知らないんだ…すまんな」

「謝ることじゃないさ、この世界の誰もが知らないことなんだから」

「そういえば、かつての魔物氾濫はどうやって終息したんだ?世界中で発生してたんだろ?」

「それも、よくは分かってないんだが、魔物に立ち向かう人間が増えて、レベルやステータスに覚醒して、いつの間にか終ってたって聞いたことがある」

「だとすると、一定数の魔物の討伐か時間制限があるか…のどちらかだな…迷宮主を倒してダンジョンを止めるって手もありそうだが…」

 魔物氾濫を終わらせる方法を考えてみるが、魔物を倒すくらいしか思いつく手段はなかった。

「とりあえずは溢れた魔物を倒して、ダンジョンへ行ってみるしかなさそうだな」

「俺も前線へ戻るとしよう。君達のおかげで怪我も治ったし、生徒や仲間達のことも心配だからな」

 宗次が自分の体が治っていることを確認するように動き、再び装備に手をかける。

「幸いなことに、溢れた魔物は俺たち講師陣や学生たちでも何とかなるレベルだ。だから、君たちはダンジョン深部の俺を倒した奴を頼めるか?」

「元よりそのつもりですよ」

「そうか。助かる!あぁ…遅くなったが、昇格おめでとう。Sランク冒険者の力、見せてもらうぞ」

 ニヤッと宗次が笑みを見せると

「任せてください」

 真央も、その笑みに自信を持って答えた。


「真央」「真央さん」

 咲希と里奈が声をかけてくる。

「よし、ダンジョンへ行くぞ」

 抱きついたままのアルスの頭を撫で、

「アルスも頑張ってくれな」

「うん、任せて!」


 俺達は、避難所になっている訓練場を後にし、演習場ダンジョンへ向かうことにした。

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