第58話 政繁の願い

「その日を境に、儂はダンジョンへ潜り、魔物を屠り続けた」

 神崎会長は遠い目をしながら、その頃のことを思い出すかのように話を続けた。

「あの日の怒りを、憎しみを、魔物へとぶつけ続け、気がつけばレベルは上がり、Sランクなどと言われるようになっておった」

 いくつものダンジョンを踏破し、ボスを倒し、ダンジョンを攻略したのだという。

「そんな時じゃ、先の話で第一次ダンジョン制圧作戦より帰還した、河田くんが話がしたいと訪ねてきたのじゃ」

 帰還任務の指揮を取った河田曹長が神崎邸を訪れた。

「お初にお目にかかります。神崎殿!自分は河田と申します。神崎隊長の命を受け、おめおめと生き恥をさらしております…」

「前置きは良い。話とは何じゃ?」

「政府に新たに発足される、ダンジョン関連を総括する省庁…自分がダンジョン大臣を拝命することとなりまして…」

 そう。河田曹長が今のダンジョン大臣なのだ。

「ダンジョンを攻略するための専門機関を立ち上げるべきではないかとの意見があり、日本が誇るSランクである神崎政繁殿にお願いに参った所存であります!」

「儂には必要ない」

「これからもお一人でダンジョンに潜るおつもりですか?」

 その問いには政繁は答えない。

「ダンジョンはそんなに甘くはありません!自分以下、帰還した20余名もその機関に名を連ねると承諾しております!」

 ギルドの支部長クラスはこの時の帰還メンバーによって構成されているらしい。

 なるほど…道理で支部長は俺に目をかけてくれるわけだ。作戦の帰還メンバーなら、人類の希望になり得る冒険者に期待を寄せるのも頷ける。そして、決闘の際、躊躇わずに信吾を攻撃した俺への非難めいたあの態度…命を軽んじることが許せないのだろう…

 河田の熱意と、雄介の意志を継ぐと言わんばかりの説得に、政繁も折れ、要請を承諾し、冒険者ギルドを束ねる、ダンジョン協会の会長職へと就任したというのが事の成り行きだ。


「儂の願いはな、真央くん…」

 真剣な表情で神崎会長が俺の目を真っ直ぐに見て告げる。

「この世界からことじゃ」


「それからも儂はダンジョンに潜り続けた。だが、ダンジョンは何度攻略しても無くならんし、魔物は湧き続けておる…」

 そりゃそうだ…それはじゃないからな…

「そして、石化の呪いを受け、命を落としかけたというわけじゃ…」

 それがあの時渡した霊薬エリクサーで助かったというわけだな。

「目を覚まし、今、世の中がどうなっておるのか…儂は情報を集めた。その時じゃ、Fランクダンジョンが活動を停止しているという話を耳にしたのは…」

 そうか…それで俺たちに目をつけたということか。

「Fランクダンジョンの異変の件は、うちの孫娘も深く関わっておるようじゃしな…真央くんが異変を解決したということも聞いておる」

 里奈に話したのは作り上げた偽の話フィクションだけどな。

「頼む!真央くん。もし、お主がのなら、教えては貰えんか?ダンジョンをこの世から無くせるのなら、この老耄おいぼれの命などどうなっても構わん!」

 神崎政繁…この老人の決意は本物だ。この人は本当にダンジョンを無くしたいと心の底から願っている。

 俺は、咲希と明璃の顔を交互に見る。俺の視線の意味に気がついたようで、二人はコクリと頷いてくれた。

 俺達の意見は固まった。神崎会長の決意も揺らがないだろう。だが、この場にいるもう一人はどう思っているのだろうか?これから話すことは聞いたら最後、もう後戻りはできないだろう。命を賭した戦いになるかもしれない…

 俺は里奈へと視線を向けた。その視線の意味を捉えて、里奈が口を開く。

「私にも覚悟はあります!私だってダンジョンは憎いのよ…お父さんとお母さんを奪った原因なんですもの!」

 里奈も戦いに身を置く覚悟を決めているようだ。揺るぎない決意に燃えるその瞳は俺の目を真っ直ぐに見返している。

「わかりました。俺の知っているダンジョンを潰す方法を教えます…」

「ありがとう!感謝する!君には返せないほどの恩かできてしまうな…何か問題が起きたら、必ず力になると約束しよう!」

「ありがとうございます。やっぱり真央さんは知っているんですね?」

 政繁と里奈から感謝の気持ちとやる気が伝わってくる。


「まずは、これを見てくれ」

 俺はFランクダンジョンで手に入れた迷宮核ダンジョンコアを取り出した。

「これは…何じゃ?」

「すごく嫌な感じのする魔石?ですか?」

「これは迷宮核ダンジョンコアです」

迷宮核ダンジョンコア…?」

「通常の魔石ではなく、この迷宮核ダンジョンコアを持った魔物こそが、ダンジョンの真のボスなんです」

「真のボスじゃと?」

「そうです。そして、その真のボスを倒せばダンジョンの活動が停止するんです」

「そういうことじゃったか…つまり、今までダンジョンを攻略クリアしていたと思っておったのは、まやかしじゃったというわけか…」

 これでダンジョンを潰す方法は教えた。だが、一言言っておかないといけないことがある。

「えぇ。ですが…ダンジョンの真のボスの出現条件は今のところ不明です。そして、真のボスは強い。生半可な実力で挑むと無駄に命を散らすことになります」

「なんじゃと?それほどなのか…」

「俺達が今までに遭遇したのは2体だけですが、いずれもレベル80以上だったと思います」

「レベル80以上…」

「お主…どうやって敵のレベルを測ったんじゃ?この世界ではまだレベル70に到達した者すらおらん。敵のレベルが80なら、鑑定の類では見えないはずじゃが…」

 あぁ…そうか。失念していた。

「契約した魔物スライムのレベルが80だったってことですよね?」

 里奈のフォローが入ったので、それに乗ることにした。

「まぁ、そんなところだ」

 その時、政繁の片眉がピクリと上がった。


「真央くん…儂らが信用できんか?それとも、巻き込みたくないとでも思っておるのか?」

 突然された質問の意図が全く読めず、戸惑っていると…

「話せないこと、隠したいことは誰にでもあるものじゃ。この儂にもな。儂の能力の一つを君に明かそう」

 政繁の提案に里奈が驚く

「お爺ちゃん?いいの?」

「うむ。真央くんに隠し事はしたくないのでな」

 どうやら政繁にも、俺に隠し事があったようで、今からそれを明かすということらしい。

「儂の希少能力レアスキルは【審眼】というんじゃ。人の嘘を見抜くことができるスキルじゃ」

 そこまで言われて、俺はさっきの会話を思い出す…

 里奈のフォローに乗ったとき、政繁は怪訝な顔をしていたのだ。

「それじゃあ…」

「うむ。君のさっきの説明の中に嘘があったことはわかっておる」

「なるほど…」

 政繁の【審眼】は身内と政府、ギルドの上層部しか知らないスキルらしい。それを俺たちに明かすということは、それだけ俺達を信頼しているということか…

「わかりました。俺の知る限りのことを教えましょう。あなたなら、どんな突拍子もない話でも信じてもらえるでしょうから…」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る