第56話 会長


 バァン!

「話は聞かせてもらった。その試験、儂が同行しようではないか」

 突然ドアが開き、入ってきたのは紋付き袴を着た、筋肉質のいかつい老人だった。


「ちょっと!おじいちゃん!勝手に入っちゃダメだよぅ」

 その後ろから現れたのは数日前に霊薬エリクサーを渡した、里奈だった。


「里奈?」

「会長?」

 俺と支部長の声が重なる。

「え?会長?」

 俺の疑問は無視して、支部長が老人に話しかける。

「会長!もう御身体の具合はよろしいんですか?」

「うむ。儂の孫娘が、ダンジョンから賢者の秘薬エリキシルを見つけてきてくれてのぅ。この通り、すっかり元通りじゃ!」

「元通りというより、お休みになられる前より元気そうですけど…」

「はっはっはっ!リハビリも兼ねて、今朝方までダンジョンに潜っておったからのぅ!」

「そ、そうでしたか…」

「聞けば、秘薬の入手にはそこな二人にたいそう世話になったと言うではないか。ならば、儂の命の恩人でもある。というわけだ」

「あの…支部長?こちらのご老人は?」

「あぁ。冒険者ギルドをまとめる、ダンジョン協会の会長で、神崎政繁殿だ」

「獅童真央君じゃったの。君は儂の命の恩人じゃ。聞けば、Aランクの試験を試験官同行で受けたいとのことじゃろ?ならば、儂が引き受けよう」

「え…あの…えぇと…」

 俺が混乱していると、支部長が

「神崎会長はSランクだ。本部の職員以上なので、同行してもらえるなら、試験証は必要ないということだな」

 この老人がSランク…?まぁ、そういうことなら、お願いしようか。

「そういうことなんですね。こちらからもお願いしたいです!」

「おぉ。こちらこそよろしく頼むわい」

 突然現れた老人…いや、ダンジョン協会の会長が試験官を引き受けてくれることとなった。


「それで、どこのダンジョンにいつ潜るつもりじゃ?」

「予定は草原と森のフィールド型ダンジョンで、問題がなければ今から行こうかと考えていたのですが…」

「ふむ。試験官の問題が出てしまった…ということかの?」

「はい」

「なら、問題はなかろう。件のダンジョンまで、儂の乗ってきた車で、皆で共に行けば良い」

「いいんですか?」

「うむ。今日行くつもりであったと言うなら、準備はできておるのじゃろ?」

 そこまで言われたので、仲間のみんなに確認すると、みんな肯いてくれたので、厚意に甘えることにした。

「すいません、よろしくお願いします」


 こうして俺たちは、神崎会長と里奈の後に続いて、支部長室を退室し、そのままギルドの外へと出ていくことになった。

 ギルドの外に停まっていたのは、黒塗りのリムジンだった…

 なんの躊躇いもなく、乗り込む会長と里奈だったが…俺達は戸惑ってしまっていた。

「ん?どうした?遠慮せずに乗るといい」

 先に乗り込んだ会長が、車の中から俺たちを呼ぶ。

「え?車って…これですか?」

「そうじゃが?」

「真央…ここまできて乗らないってのも失礼な気が…」

「そ、そうだな…」

 咲希に促されるが、ほんとに乗っていいのだろうか…?

「おにぃ…あたしこんな車乗るの初めてだよ…」

 明璃は恐縮している。

「お、俺だって初めてだ…」

「どうしたんじゃ?ダンジョンへ行くのじゃろ?」

 さすがに、いつまでも立ち止まっているわけにもいかないので、覚悟を決めた。

「で、では、失礼します…」

 ようやく、俺達3人と会長と里奈を乗せたリムジンが走り始めた。

 …

 …

 …

 く、空気が重い…

 目的のAランクダンジョンまでは、車で移動するとなると、2〜3時間といったところか。

 重い空気を振り払うかのように、神崎会長が口を開いた。

「先程も言ったが、真央くん、咲希さん、二人は儂の命の恩人じゃ。そなたらが賢者の秘薬エリキシルを譲ってくれたおかげで、またこうして動けるようになった。ありがとう」

「御身体の具合が悪かったんですか?」

 その質問には里奈が答えてくれた。

「お爺ちゃんは、最前線でダンジョンで戦ってたんだけど、石化の呪いを受けてしまったの。あと1ヶ月もすれば全身が石化して、命を落とすところだったんだよ」

「いつか、直接会って礼を言いたいと思っておったところなんじゃ。まさか、今日こうして会えるとは思っておらなんだがの」

「いえ、偶然手に入った物ですから…」

 まだいっぱいあるとは言えない雰囲気だ…


「して、真央くん。」

 その一言をきっかけに、会長の放つ雰囲気が変わった。

「お主、何を知っておる?」

「どういうことですか?」

 突然の質問に、俺は戸惑った。

「今まで、試験証を疑問に思う者などおらんかった。じゃが、お主はあれがだと判断した。違うかの?」

「…」

 鋭い指摘に咄嗟に取り繕うことができなかった。

「無言は肯定と捉えるぞ」

 逃げ場のないこの車内で、俺はこの老人に対する警戒度を引き上げた。

「なに、取って食おうというわけじゃない。そう警戒せんでくれ。先も言ったが、お主たちは命の恩人じゃ、その恩に報いることはあっても、仇で返そうなどとは思っておらんよ」

 そう言われてもな…たとえ知り合いの身内だとしても、今日あったばかりの他人を信用しろというのは無理な話だ。

 俺の態度が軟化しないことを見て、神崎会長が話を続ける。

「ふむ。そうじゃな…では、少しばかり、この年寄りの昔話に付きうてくれるか?」

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