第22話 撤退

 ガシャン!


 いつも通りに扉が閉まる。それと同時に黒い靄が現れ、スライムへと変化を始めた。ここまではいつもと変わった様子はない。


 俺は普段と違うみんなの連携の邪魔をしてはいけないと思い、扉を背にして、向かってくるスライムだけを倒すようにしていた。


 俺の動きを確認した信吾は部屋の中央まで出てスキルを使う。

挑発タウント!」

 それによって周囲のスライムの敵意ヘイトを集め、自身に寄ってくるように仕向けた。

 集まってきたスライムに対して、

咆哮ハウリング!」

 レベル差のある相手を怯ませ、一時的に動きを止める効果がある。

 そこを小夜の魔法が襲う。

「風の嵐よ、我が前の敵を飲み込んで荒れ狂え!暴風サイクロン!」

 100匹のスライムは魔法によって生み出された暴風に巻き込まれ、荒れ狂う風の中で引き裂かれ、擦り潰されて、一網打尽となった。


 凄い…

 俺は格の違いを見せつけられた。


 いつもなら、ここで扉が開くはずなのだが、その気配は一向に訪れない。

「油断するなよ?まだ終わりじゃないみたいだぞ」

 信吾が仲間の気を引き締める。


 そして、部屋の中は黒い靄に満たされ、追加のスライムが100体現れた。さらに、その奥には5mくらいの巨大なスライムがいた。

 色は、まるでドブ川の水のように濁っており、異臭を放っている。

「こいつが元凶か!」

「一当てして様子を見るぞ!雑魚は頼む!」

「わかったわ」

挑発タウント咆哮ハウリング!」

 だが、奥にいる巨大なスライムに怯んだ様子はなかった。

「なにぃ?レジストされただと!?少なくとも俺よりレベルは上ってことかよ…」

「サイクロン!」

 100体の雑魚スライムは再び一掃された。

「うそでしょ?」

 なんと、更に追加で100体のスライムが湧いてきた。

「これじゃあキリがないわ。多分そのボスを倒すまで雑魚が湧くのよ」

「なんだと?」

「よし!全員でボスに攻撃する!こっちに集まってくれ」

「でも、真央が…」

 咲希は真央を守るように戦っていた。

「どの道、ボスを倒さないと、雑魚が減らないんだ!」

 少しの逡巡の後、咲希はボスのスライムに向き直った。

「真央っ!自分で望んで参加したんだ!雑魚くらいは耐えてみせろ!」

「わ、わかった!」


「やるぞっ!挑発タウントォ!」

「強化かけます!堅牢の祈り!」

 信吾の挑発を受けたボススライムが身体を波打たせる。

 そして、数発の粘性の液体を飛ばしてきた。

 バシャッ ジュワァァァァ

 それを受け止めた信吾の盾が溶けた。

「気をつけろ!強酸性の液体を飛ばしてくるぞ!全員、魔力を纏え!」

 魔力を身体や武器、防具へ纏うことによって、身体能力全般と装備品の能力と耐久性を大幅に上げることができる。Bランク冒険者なら出来て当たり前の技能だ。

 これで強酸弾も防げるし、直接攻撃を加えることもできる。

「咲希さん!鼓舞の舞です!」

「ありがとう里奈!いくわよっ!はあぁ」

 ズボッ

 咲希の拳はボススライムの身体にめり込んだ。

「えっ…手応えがないわっ」

「物理耐性持ちか?小夜っ!」

「任せてっ」

 手に持った杖の先に魔力が集まっていく。

「風よ、吹き荒れろ!集いて全てを引き裂く刃となれ!大嵐テンペスト!」

 杖の先から放たれた暴風の刃はボススライムの取り巻きの雑魚をも巻き込んで、ボススライムの身体を飲み込んだ。

「うそ…」

 暴風の嵐がおさまった時、そこには無傷のボススライムが悠然とうごめいていた。

「魔法にも耐性があるのか…?」


 攻撃手段がない…

 それは、このボススライムには勝てないことを意味している。

「くそっ…このままじゃ、ジリ貧だ…」

 撤退の二文字が頭によぎるが、その決断を下す前に、スライムが動いた。

 その大きな体躯からだを捻じりながら、高く伸びていく。

「おいおいおい…うそだろ…まさか…」

 それからどんな攻撃が繰り出されるのかを察した信吾が焦る。

「みんな!俺の後ろへ急げぇ!」

 信吾の指示を受けた仲間達は、咄嗟に行動に移す。ただ一人を除いて。

「うおぉぉぉーーー!範囲防御結界カバープロテクション!」

 信吾の盾を基軸として、広範囲に防御結界が展開された。

 それとほぼ同時に、ボススライムは、捻じった身体を元に戻しながら強酸弾を発射した。

 回転しながら発射される強酸弾の嵐は、仲間意識などないのか、雑魚スライムも巻き込んで部屋の内部に甚大な被害をもたらす。

 強酸弾の嵐が止むのと、信吾の魔力が尽きるのはほぼ同時だった。

「な、なんとか…耐えれた…か?」

 自分の後ろにいるはずの仲間たちの方に目を向けると、強酸弾の嵐は防御結界を通り抜け、仲間たちは被弾し、床に倒れていた。

 幸いなことに、防御結界と魔力を纏っていたため、強酸弾の威力は低下し、重度の火傷程度で済んでいた。

 そして、信吾は、壁の際で倒れている真央を見つける。

 魔力纏のできない真央には強酸弾を防ぐ術はなかった。

 彼の両膝から下が溶けてなくなっているに気がついた信吾は、ほくそ笑む。

 あとは、この窮地を切り抜けるだけだと、ボススライムの方に向き直った信吾の目に入ってきたのは絶望だった。

 ボススライムが再び体躯からだを捻じりながら、高く伸びていたのだ。

「くっ…撤退だ!撤退する!転移結晶を使うぞ!」

 転移結晶を取り出し、キーワードを唱える。

「転移」


 チーム賢者の秘薬エリキシルはその場から消えた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 咲希はギルドの医務室のベットで目が覚めた。

 すでに負ったダメージはギルド常駐の回復術士のスキルによって完治している。

「真央は…?」

 意識がはっきりしてきて、まず最初に思ったのが真央の安否だ。

 医務室のベッドの上に寝ているのは、小夜と里奈だけだ。

 起き上がり、医務室から出ると、廊下に信吾が立っていた。

「信吾…真央は?」

 信吾は、首を横に振るだけだった。

「そんな…うそ…嘘でしょ?ねぇ!信吾っ!!」

 信吾に近寄り、襟元を掴んで問いただす。

「お願い…嘘だって…嘘だって言ってよぉ…」

真央あいつは足をやられてた…転移結晶の効果範囲に入ってこれなかったんだ…」

「そんな…どうして!どうして担いででも助けに行かなかったのよ!」

「仕方ないだろ!あの化け物スライムが同じ攻撃の動作をしてたんだ…あのタイミングで転移してなきゃ全滅してた!」

「それでもっ!」

真央あいつ一人のために、パーティーメンバー全員の命を賭けるわけには行かない!」

「う、う、う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!真央!真央ぉぉぉぉぉ!!!嫌だ…嫌だよ…真央ぉぉぉ…」


 ギルド内にいつまでも咲希の泣く声が響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る