第5話 果て
頭が痛い。吐き気がする。誰かの顔を見るだけで殺意がわいてくる。それほどまでに勇者の心は衰弱しきっていた。
「ああ、いい天気だ」
何も考えず空を見上げた。その向こうに何かがいる、そう思うと馬鹿らしくなり地面を向く。
世界を壊す。それは一体どうやって。限られた自由の中でどうすればいい。
分からなかった。その瞬間までは。
「ほら行くわよ。ライモン」
勇者にクリスティーナが手を差し伸べた。どうせ旅に出ても無駄なんだろう。でも運命に抗えずまた勝手に体が動き出すんだろう。俺は半ば諦めていた。
クリスティーナの手を掴み、ふとその手を覗き込んだ。
その時だ。俺は悪魔になった。今まで人形のように繰り返されるループに感情は消えたものだと思っていた。でもそれは違う。きっと俺が今感じた奥底の何かを封印するためだったのだと気づいた。
「どうしたの?」
固まった俺に心配をかける。ヘーゲルたちも俺の顔を覗きこんでいた。
『深淵を覗くとき深淵もまたこちらを覗いているのだ』俺の頭にくだらない言葉が浮かんだ。そうだったのだ。そうすればきっと何かが変わるに違いないのだ。いや、そうしたかったに違いなかったのだ。
「へっ」馬鹿らしい。
俺は頭を抱えながら立ち上がった。そして―――――
—————魔王が目の前にいた。またもや魔王はすでに元の体から脱皮をしており小さくなっていた。
「………。」
勇者を見ても魔王は何も言わなかった。性格には発しようとした言葉を失ったように口を半開きに立ち止まっていた。
「どうした、なにか言いたげだな」
俺は言った。そしてやっと魔王はしゃべった。
「…愚かな。どうしてそう滅びの道を行きたがる」
悲しそうに魔王は言った。もう手遅れだと言わんばかりに蔑んだ目をした魔王、その目の奥には赤き血に染まった勇者が映っている。
「貴様に心は残っていないようだな」
「どうせ失敗したら次のループで生き返るんだろ。問題ない」
勇者は一人だった。クリスティーナもヘーゲルもレクノールも。目に付くものは斬り裂いてきた。
なんども殺した。どうしてずっと正気でいたのだろうか。こうした方がずっと楽だ。なぜ人として生きていたのだろうか。
「もはやどっちが悪か分からんな」
「俺が苦しむ姿を無視し続けたやつがよく言うな。魔王、お前にはループを止められただろう?」
「それをすれば世界が滅びると言っているだろう」
「関係ないね。俺を苦しめる奴は俺にとって悪だ。他人がどうこうじゃないのさ」
勇者は悪魔のように笑った。魔王は残念だと、そういいながら拳に力を込めた。それを見て勇者は手を振る。
「待った。俺はあんたと戦うつもりはないって」
「なに、また自分の意志とは無関係に戦うだろう」
その言葉通り勇者も剣を抜く。
「それはそうだ。でも俺は考え方が間違ってただけなんだ。前のループは俺が皆のために死ぬことを考えてた。だからお前に殺されようと思った」
勇者はゆっくり剣の先を自分の首元に向けた。
「でもさ。それっておかしいだろ。なんで俺だけが苦しんでるんだ。なんで俺だけが背負わなくちゃいけないんだって。そしたら俺は皆を殺せることに気づいた。ってことはだ。きっとお前の助けなんかなくたってきっと自分で死ぬことだってできるはずだろ?」
「……。」
魔王は止めようと手を伸ばしたがそれを引っ込めた。どんなに駆け寄っても無駄だと悟ったからだ。
剣が、勇者の首元に入っていく。
「っ!!!! あ、あああああ!! あ…ああ、あっ!!!」
痛そうな声を出すが顔は笑っている。息が出来なくなり苦しそうに手が震えているがそれでも止まらない。血がぼとぼとと零れ落ちる。勇者の首に剣が貫通し、更に奥まで突き刺さっていく。
魔王はただ眺めるだけでいる。
そして勇者は剣を勢いよく引っこ抜いた。血が大量に噴き出る。
アドレナリンが出ているのかそれほど痛くはない。だがとてつもなく苦しい苦しいっくるしいtくしるりさいいうくrつりうしいいくるしいきいぃるsり。
意識が薄れていく中、勇者は勝ち誇った顔で倒れた。
「愚かな」
魔王は勇者の死体を見てそう呟いた。
――――――はっ!
と勇者が気づき起き上がる。
「ここは……。」
教会。女神の壁紙が日に照らされて光っている。
「目覚めましたか」
修道女が勇者に語り掛ける。
なるほど、理解した。俺はどうやら今回も失敗したらしい。が、想定済みだ。回復のアイテムがあるほどだ、たとえ死に方に違いはあれど、生き返る方法がある以上自殺という奇抜な方法だとしても意味はないのだろう。
なんとなく知っていた。知っていたうえでみんな殺した。
「あなたは意識を失っていました」修道女が話す。
勇者はその女の方を向き、立ち上がり剣を構えた。
「こんなところにも人がいたのか」
でも念のためだ。たとえ意味がなくても念のため確かめなくてはいけない。
ゴトン。修道女の頭が床に落ちる。
そしてゆっくり剣を鞘に戻した。まだ俺の意識があるということは世界は壊れてはいないらしい。
この女は関係ない。それがわかった。
「さて」
ということはあとひとつ。あとひとつ俺の中でこれをすればいいのではないかという疑念がある。あとはそれを実行するだけだ。
勇者は協会から出て魔王城を目指した。道中の出てくる魔物が減っている。そんな気がしながらも全てを斬り裂いていく。
「つまらん失敗だったな」
赤き勇者を魔王は薄ら笑いながら出迎えた。
「気にすることは無いよ。次はきっと失敗しないからさ」
勇者は無邪気な声で言う。
「大した自身だな。…悪いことはいわん、もう諦めたらどうだ。続けるだけ苦しいだけだ。流れに身を任せて楽になるがよい」
「楽になるためにループを終わらせるんだ」
「何も考えず世界の意志に乗れと言っているんだ」
「それがお前のいう楽なのか?」
「そうだ。何も考えなければ勝手に体が動こう。抗わなければそこら辺の人と変わらずループに気づかぬだろう」
「つまりお前に支配されている中を永遠と生き続けて居れってことか。そりゃお前にとっては都合のいいことだろうよ。なんたって死んでも何も変わらないからな。その先にお前の望むもんもないし、気づけば自分が支配する魔物の国に元通り」
「だが貴様の求めるものもその先に何もない。だろ?」
「………。」
「ふん、英雄気取りが。貴様はただ自分が楽になりたい一心で世界を滅ぼそうとしているだけだ」
「……。」
勇者は鼻で笑いながら剣を抜いた。剣が血で染まっているのを見て一振りする。剣についた血が地面に飛び散った。
「お前を倒した後…」勇者は剣を魔王に向ける。
「パレードが始まるんだ」
勇者の言葉に魔王は首を傾げたまま、戦闘態勢をとった。
「そのパレードこそ絶対なものなんだって気づいたんだ。そう、結婚式。カリナ姫と俺は結婚。それは絶対。きっと世界の物事はそう決まっているんだ」
「……っ!」
魔王は気付いた。勇者が決められた運命が他にあると気づいたことに。
「それで気になったんだ。その前に姫を殺したらッて。でもそれは出来なかった。すぐに姫は城に戻ってしまうから。じゃあその最中ならどう、って考えてみた」
パレードは魔王が倒された後。自分には何も出来ない。勇者の言っていることはきっと正しい、魔王を倒し平和が訪れ、終わりを迎える。その終わりはいつだって決められてもの。
———魔王は焦った。
「考え直すんだ!!!!」
たまらず叫んでいた。あの日勇者に真の姿を見せる覚悟をしたように、世界が終わるのを阻止するために、決意を胸に抱いて魔王は勇者に向き合った。
「勇者ライモン! 貴様はここで永遠に私と戦いあうのだ!!」
「何千回と負けたのによく吠えれるな。だが、悪くない。俺にとっての最後だ。気合い入れてくれた方が盛り上がる」
火花が散った。
「どうすれば貴様は運命に従うのだ!」
「知らないな!だがもう後がないお前と戦うのは楽しいな!」
―――――
「よくぞ魔王を討伐してくれた」
「みなのもの、今日この勇者ライモンの名を世界に刻むのです!」
街中で歓声が沸き上がる。いつもより人が確実に減っている。
「ありがとうライモン。これでようやく世界に平和が戻ります。厳しい旅路よく無事に返ってきました」
ああ、俺もだ。俺も心よりうれしく思う。
こんなにも赤色に染まった服を見て皆なぜ違和感を持たない。なぜ触れてこない。…分かってるさ。これが決められて運命のひとつってやつだからだろ。
勇者の隣にドレスを着たカリナ姫が並んだ。
とても美しい。だが、それは誰かに操られた人形そのもの。そのなびく髪の一本一本でさえもきっと決められた動きに過ぎないのだろう。
「「「「「ライモン!ライモン!ライモン!ライモン!」」」」」
住民も兵士も勇者の名前を呼んだ。
勇者はそれを答えるように剣を掲げる。どろどろに染まったその剣を。それでもみなライモンの名を呼び続けた。
それから勇者は満足したように笑いました。そしてそのまま掲げた剣で―――――
―――――姫は
—————王は
—————兵士は
—————住民は
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ED2「縲悟ケウ蜥後↑譛ェ譚・縲」
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