男と女の物語り

ぬまちゃん

とあるバーにて

「はぁー、結局さ、良いようにもてあそばれて捨てられたって、ワケ」


 カウンター席で一人ぐちりながら酒をあおっている彼女の横に、男がゆっくりと近づきながらバーテンダーに声をかける。


「彼女に僕からのおごりで何かふさわしいものを」


 バーテンダーは、彼のオーダーに軽く頷きながらシェイカーを開けてカクテルの準備を始める。


「お嬢さん、こんな僕で良かったら今晩お相手しましょうか? 貴方のような美人を振るヤローなんかサッサと忘れて僕と楽しい一夜を過ごしましょう」


 男は彼女の肩にそっと手をかけながら、彼女の耳元に口を近づけて囁く。


「五月蝿いわね! どうせアンタも私の身体が目当てなんでしょ? そーよ、そーなのよ。私みたいなアラサーは焦って誰にでも身体を許すとでも思ってるんでしょ」


 彼女は自分の肩にかかっていた男の手を払い除けながら、泥酔して赤くなった目で男を下から睨み上げる。


「長い時間かけて親しくなって、やっとこれからだわ、なんて思ってた矢先に振られたのよ。しかも相手は新卒のケツの青いなんだから」


 彼女の泥酔状態を見て、慌てて席を離れようとする彼。


「なんで片方と付き合いだしたら、もう片方と別れなけりゃいけないの? 両方付き合えば良いじゃないの! ねえ、アンタもそう思うでしょ」


 彼女は、カウンターからそそくさと離れて行く男に向かって叫ぶ。


 店にいた客達は、一瞬何があったのかと訝しむように彼女の方を見るが、彼女の様子を見てそれ以上は関わらないように元の方に向き直す。店内は、またムーディなジャズだけが流れる空間に戻って行く。


、どちらも好きになれちゃうから二刀流だなんて。そんな風に分けないで、もういっそ『全部好き』で良いじゃないの、ね!」


 彼女はそう言ってからカウンターに突っ伏した。それからほんの数秒で健やかな寝息をたて始めた。カウンターの奥でその一部始終をじっと見守っていた店長は、自分が腰に巻いていた紫のショールを外す。それから小指を立てたゴツゴツした手でそのショールを彼女の肩にそっと被せた。


 寝ている彼女のアゴの部分には、今朝の剃り残しの髭が一本だけ彼女の呼吸に合わせて緩やかに動いていた。


 * * *


 コレはまだ元号が昭和と呼ばれていた、新宿二丁目のとあるバーでの出来事だった……


(了)

 




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