最良の一日

小堤おすず

第1章 恵梨香 1

ジリリリと古臭い目覚まし時計の音が暗い部屋になり響く。

その音に気づき、恵梨香は目を覚ます。

静寂を邪魔する野暮ったい音を止めようと気だるさを感じながら恵梨香は体を動かす。目が覚めきってないこともあるが、暗い部屋の中で目覚まし時計は見つけることができなかった。部屋の照明は一切ついておらず、ベッドの近くにあるドアから溢れてくる光だけが見えた。音の鳴る方に手を伸ばし、手当たり次第に触って目覚まし時計の場所を確かめていく。そして手探りで目覚まし時計らしきものを探し当てた。何度かそれをポンポンと叩いているうちに目覚まし時計の音は止まった。

部屋がまた静寂を取り戻す。

時計は8時を指していたが、恵梨香は確認しなかった。もっとも、部屋は暗く、目で確認することはできなかったが、恵梨香は確認する気にならずにいた。

恵梨香はまたベッドの元の位置に寝転んだ。寝ぼけ気味でまだ目も開き切らずにボーッと天井を見つめている。正確には天井もろくに見ることができていないので暗闇を見つめていた。

時間が経つにつれて少しずつ目がさえてきた。暗さで部屋の輪郭も確認できない状態ではあったが、目を閉じている時とは違う感覚を感じていた。深呼吸をしてみると部屋が少しカビ臭いことが気になった。

段々と気だるさが抜けてきて、目覚まし時計の辺りにもう一度顔を向ける。部屋は暗くて目覚まし時計の針どころか目覚まし時計自体もそこにあることがなんとなくわかる程度であった。よく認識できない状態でベッドの辺りを見渡していく。すると廊下の光に反射しているものが目に入った。すぐ近くにガラスの傘が被せられた間接照明があった。灯をつけようと手を伸ばす。手を伸ばす時に背筋が伸び、つい息が漏れる。ぶら下がっていた紐を手探りで発見し、引っ張った。

間接照明から暖色のある橙色の明かりが灯る。間接照明からの光により部屋の埃が露わになる。目がまだ光に慣れていない恵梨香は反射的に目をつぶり、顔を間接照明から逸らした。

何度か瞬きを繰り返し、目を光に慣れさせてからゆっくりと目を開くと橙色の明かりが部屋に広がっていた。

恵梨香は体を動かさずに目だけで部屋を見渡していく。木造建ての広さ6畳ほどの部屋に机と椅子と本棚、ベッドが置いてある。余計なものが何もなく殺風景な部屋だった。本棚には20冊ほどの本がまばらに置いてあり、タイトルまでは間接照明の明かりが届かずに恵梨香には確認できなかった。机は部屋の角にあった。机にはペンが転がっており、椅子は机に戻されておらず、使用した後そのままにしてある様子だった。机の少し近くの壁には薄緑色のカーテンがかかっていた。

少し経ってから恵梨香はベッドから体を起こした。体に気だるさがまだ残っており、体を起こした後にうなだれながら重いため息をついた。一息つくと寝ぼけ眼の目を擦りながらまた部屋を見渡していく。部屋をぐるっと見渡すし、振り返ると目覚まし時計が目に止まった。触っているうちにズレたのか、目覚まし時計はそっぽを向いてしまっていた。恵梨香はそんな目覚まし時計の針をぼーっと見つめていた。

振り返ってカーテンに目が止まると、自分にかかっていた布団をどけてベッドから出て立ち上がった。体を動かす度に息を漏らしながら起き上がると、カーテンの方へ向かって歩き始めた。恵梨香が歩くたびに床はギシギシと鈍い音を立てていた。カーテンの前に立つと左手を伸ばしてカーテンを掴み、引っ張った。しかし部屋に光が差し込んでくることはなかった。カーテンの向こう側には確かに窓はあった。だが窓の外にはシャッターがつけられていた。光を閉ざしているシャッターも開けてみようと窓を見渡してみるが、窓は壁に直接取り付けられていて元より開けられる仕様になっていなかった。

その様子に呆気に取られた恵梨香はカーテンを持ったまま少しの間立ちつくしていた。小さなため息をついてから振り返って部屋を見渡してみると、間接照明の下にリングノートが置いてあることに気がついた。

気になった恵梨香は間接照明の方へゆっくりと向かった。また歩くたびに床がギシギシと鈍い音を立てる。

間接照明の前に立ち、リングノートに手を置いた。リングノートは紙の端が所々よれていたり、削れたりしていて使い古されている様子が目に見えてとれた。

恵梨香はゆっくりとノートを開いた。ページをめくると紙がパリッと音を立てた。

ページの初めに「恵梨香へ」と記されていた。

立ったままそのページに書かれている内容を読み始めた。止まらずに読み進めた。

最初のページを読み終えて、恵梨香はごくんと生唾を飲み込んだ。そして顔を上げ一息をついて、目を閉じて小さく呟いた。

「そっか…」

部屋のカビ臭さは気にならなくなっていた。

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