二人の距離
どこかのサトウ
二人の距離
「ねぇ、傘貸して!」
放課後の雨上がり、手を繋いで一緒に帰っていた駿くんが何か思いついたと手を伸ばしてきた。
「えっ、何で?」
わからない。だって彼は自分の傘を持っているのだから。
「いいから!」
そう言って、彼は無理やり持っていってしまった。
「へへっ」
傘を両手に持ってぶんぶんと振り回すと、彼は楽しそうに笑う。
「危ないから、やめて!」
私は全然楽しくないし、危ないからやめてほしい。だから手を伸ばした。
——バシン!
指に当たった瞬間、私はあまりの痛さに泣いてしまった。
駿くんはごめんごめんと狼狽えたあと、私を引っ張るように家まで送ってくれると、私のお母さんに事情を説明してくれた。
「僕が傘を振り回して、それが手に当たって……ごめんなさい」
「あらそうなの? 芽衣、手を見せて——赤くなってるわね。軽い打撲かしらね」
そう言って、お母さんは手を摩ってくれた。
「駿くん、駄目よ。傘は危ないんだから。目に当たったら見えなくなって、一生治らないんだから」
事の重大さを理解して駿くんは大声で泣き出した。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
お母さんが泣いた駿くんと私を抱きしめて言った。
「ちゃんとごめんなさい言えて偉いね! 芽衣を家まで送ってくれてありがとうね」
* * *
私たちは高校生になっていた。
下校の時間、私たちは昇降口までやってきた。雨はまだ止みそうにない。
「そういえば、昔両手に傘を持って暴れて、芽衣に怪我させたことがあったな」
「あったね。覚えてたんだ」
「当たり前だろ。なぁ、傘貸してくれよ」
私は唖然とした。意味がわからない。まだ雨は降っているし、何よりも彼の手には傘が握られているのだから。
「まさか両手に持って振り回わしたりはしないよね?」
「いいから!」
そうして駿くんは奪い取ると、わざとらしく何度か咳払いをした。
「それじゃ帰ろうか」
そう言って、彼は左手に持った自分の傘を広げた。私の傘は右手に持ったまま。つまりこれは——彼の勇気、それとも悪戯?
どちらにしろ今は恥ずかしがったら負けな気がした。だから私は彼との距離を一気に詰めた。
瞬間、彼の身体が強張ったのがわかる。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。それじゃ家まで送るよ」
こうして帰るのは久しぶりだ。なんだか彼との距離が昔に戻った気分だ。
でも今は彼にそれ以上を期待している。
「なぁ芽衣?」
「ん、なに?」
「……いや、何でもない」
「ふーん。そう」
彼の言葉を待っている。
二人の距離 どこかのサトウ @sahiri
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