第34話 タイミング

 その週末、亜澄の公休日に毬は朱里の家を訪れた。亜澄は笑顔で毬を迎える。


 リビングで亜澄と向かい合って座った毬に、朱里が紅茶を出してくれた。


「毬、ごめんね、私ちょっとやることあるからママに任せておくね」

「うん。こっちこそ無理言ってごめん。大丈夫よ」


 小さく手を振ってリビングを出る朱里を見送って亜澄が口を開いた。


「やっぱりすっきりしないのね、毬刑事さん」

「あはは…はい。判ったからどうって事じゃないんですけど、判った方がナナとも話しやすいし」

「でもねぇ、私もそれほど詳しくはないのよ。直接担当していた患者さんじゃなかったから」

「そうなんですか。趣味とか何か出て来ませんでしたか」


 亜澄は考える。趣味…、そんな話聞いてないな。


「お婆さんがナナを飼っている時に、毬ちゃんのお母さんと会ってると、名前覚えたり、お母さんの口癖覚えたり出来るってことなのよね? 毬ちゃんが考えているのは」

「はい。そうです。それに『アヤチャン』ってやっぱりいろんなものを結ぶキーワードな気がして。だってお母さんの写真を見て、ナナは言ったんです。他の言葉も実は結びつきがあるんじゃないかって」

「いい推理ね。さすがは未来の刑事さん。彼氏が警察官なだけのこと、あるわねえ」

「えー!まだですよ! ってかそういう関係じゃなくて…」


 毬は照れを隠す為にティースプーンを振り回した。


「ゆっくりでいいのよ。朱里が騒いでるけどね。青春ねぇ。ま、それはそれとして、お婆さんとお話したのは2,3回なのよ。」 

「はい」

「プライベートな話と言えば、娘さんが家出しちゃって、その代わりに小鳥を飼ったって」

「え?」

「警察にも探してもらったけど結局見つからないって仰ってた。でも深くは聞けないよね、そんな話は」


 毬の頭に小さな稲妻が走った。あたしのもう一人のおばあちゃん、お母さんのお母さんのこと。毬はティースプーンを置く。


「あの、ウチのお母さんの方のおばあちゃんって、あたし、知らないんです」

「え?」

「お母さんは話してくれなくて、もう亡くなってるって聞かされて来たんですけど、写真もないし、お家も知らない。ずっと変だなとは思ってたんですけど」

「それってお母さんが自分のお母さんと縁を切ったみたいな話?」

「そう言う事情すら判らないんです。言いたくなかったみたいで、拒否感ありありでした」

「家出したみたいなことなのかな」

「今、ちょっとそう思いました」


 亜澄も考え込んだ。万が一、古河さんの娘さんが毬ちゃんのお母さんだとしたら、年齢的には…合う。


「あんまり無責任なことは言えないけど、お婆さんの小鳥は、娘さんが出て行ってから、娘さんの代わりに飼ったって言ってた。だから、毬ちゃんのお母さんが仮にお婆さんの家出した娘さんだとしても、ナナが会えることはないと思う。タイミングが合わないわね」


 そうか…。転生と同じで、タイミングが合わないんだ。ま、家出なんてたくさんあるから、ピンポイントで一致ってことは奇跡だよね。唇を噛んだ毬の後ろを朱里がバタバタ駈け抜けた。


「あかりっ、何バタバタしてんの? 朱里も座りなよ」


 亜澄が娘に注意する。


「あー、ごめん。でもさ、ママ、今日までなのよ。文化祭で出すやつ」

「え?何だっけ?」

「前言ったじゃん! 幼稚園でのベストショット。スキャンしてUPしないといけないのよ、夕方までに」

「どうするんだっけ?」

「今のクラス写真の顔をさ、みんな幼稚園の時の顔に入れ替えるの! で、誰が一番老けたか投票するのよ」


 朱里は手を腰に当てて母親に訴えた。


 妙なことを考えるのね…、毬は女子高の不思議を感じた。


「そんな、写真なんて置いてないよ、嵩張るし。卒園アルバムがあるでしょ」

「えー、あれ、変な顔なんだもん。パパが結構、運動会とか撮ってなかったっけ」

「あれはみんなムービーよ」

「あー、ビデオか…、昔の私、何とかキャプチャできないかな」


 朱里は天井を仰ぐ。


 ビデオ… 昔の私? 亜澄は突然閃いた。あの病室で、ビデオがどうって聞いた…。

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