第23話 朱里の疑問

 毬がナナを神戸家に連れて行っている間に、徹はツバメの手当をしていた。室外機の上に籐籠を載せ、そこらへんで集めた枯れ草を敷いてツバメをそっと移す。すると、翌朝、親ツバメがやって来た。チュリチュリという声に気づいた毬がサッシ越しに見ていると、親ツバメがエサを運んでいる。やっぱりまだ練習中の子ツバメだったんだ。それにしても親って凄いな、毬は感心した。ちゃんと子どもがいる場所が判るんだ…。


 毬はナナのケージを持って来て、その様子をナナに見せた。普通はああやってごはん貰うのよ。ナナはもう子どもじゃないけどさ。


 少しして徹が二階にやって来て、ベランダの室外機の周囲にヘビの忌避剤を撒いた。そして毬の部屋に入ってくると、エアコンのカバーを開ける。ライトで中を照らしながら唸っている。毬の肩に乗ったナナがその様子を熱心に見入っている。ナナはカラスと闘って以来、人間を保護者と認識したのか、毬の手や肩にピョンピョン乗るようになっていた。


「あー、なるほど。ここでドレンホースと繋がってるんだ。結構太いな。そうか、前に修理した時、普通の排水ホース使うとか言ってたっけ。こりゃヘビどころかリスでも入って来れちゃうな」


 リスなら入って来ても構わないけど、ナナはびっくりかもね…。徹の独り言に毬は思った。


 徹がまたベランダに出て、ナナは毬の肩から飛んでカバーが開いたままのエアコンの機械の縁に留まる。


 ピュルピュル… 『コッワ』


「判ってるね、ナナ」


 毬が笑う。徹は毬が巡査から聞いたアドバイスに従い、ドレンホースの先を集水器から抜いてベランダからぶら下げ、戻って来た。


「これで流石のアオダイショウも、空中を飛んでこないと入れないよ」


徹が笑った時、インターフォンが鳴った。


「あ、朱里だ」


 昨晩のことがあったので、ナナの様子を見に来ると朝から連絡があったのだ。毬は二階の自室に朱里を案内した。


「久し振りねー、毬んち。やあ、ナナ、昨日は眠れた?」

「爆睡よ。床に横になって寝てた。まるでオッサン」

「あはは。ナナ、マジ、オッサン?」


 問い掛ける朱里にナナは真面目に答えた。


 ピュルピュル


 そうそう…、毬はとっておきのネタを披露する。


「そいでさ、朱里のお母さんにはホント失礼な話なんだけどさ」

「なに?」

「ナナ、昨日帰ってすぐから『ヤブ』って喋るのよ」

「ヤブ?」

「うん。朱里のお母さんがお医者さんって判ってたみたいでさ」

「えー? それって藪医者のヤブ?」

「たぶん」


 一瞬黙った朱里は次の瞬間大笑いした。


「やるー、ナナ。すっごい!判ってんじゃん、なんてママには言えないけどさ、確かにナナから見たら人間の医者ってヤブだよ」


 明るく受け止めてもらって毬もほっとした。


「でもさ、お父さんが言うには『ヤブ』ってお母さんの口癖だったんだって」

「亡くなったお母さんの?」

「うん。あたしも知らなかったけど」

「ふうん。でもナナは接点ないよね、お母さんと」

「まあね。でもちゃんと躾し直すから安心して。朱里のお母さんにも失礼のないようにするから」


「はいはい。面白いからいいんだけどな」

「だって本当に獣医さんのところで出ちゃったら拙いでしょ」

「そりゃそうね。ま、頑張って」

「うん」


「で、あっちはどうするの?」

「あっち?」

「お巡りさんとの恋よ」

「えー、どうしよ」


 毬は照れながら、ナナがカラスと闘った時、上原巡査に助けてもらった話を打ち明けた。


「わお!思った以上の進展! ってか、もう運命の人よね。応援するからね、頑張って」

 

 朱里は毬を囃しながらも引っ掛かっていた。『ヤブ』なんてどこで覚えるんだろう。


+++


 帰宅した朱里は亜澄にその話をした。


「ママ、怒らないでね。ナナがね、昨日帰ってから『ヤブ』って喋るようになったんだって」

「ヤブ?」

「藪医者のヤブっぽい。毬のお母さんの口癖だったらしいけど、ナナは毬のお母さん知らないし、どこで覚えるんだろうね。あ、ママが藪医者ってことじゃないよ、誰も思ってないよ?!」


 亜澄は朱里の頭を撫でた。


「そんな事でムカついたりしないわよ。あの診療だとナナがそう思っても仕方ないし。でも最近藪医者なんて使わないものね、本当にどこで覚えたんだろうね」


 亜澄も朱里と一緒に首を傾げた。


 朱里はナナってもしかして毬のお母さんの転生?などとゲームのような想像をしてみたが、一瞬後に否定する。毬のお母さんが亡くなったのは去年だし、ナナは2,3歳って毬が言ってた。ま、いいか。単なるネタってことで。朱里も亜澄もその話はそれきりにした。

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