さらば、今の自分。

緑のキツネ

第1話 卒業式 〜思い出と後悔〜

――3月1日 卒業式――


「これから卒業式を始めます。気をつけ礼」


重田先生の合図で卒業式が始まった。

泣いている人もいれば、

大学生活が楽しみすぎてウズウズしている人、大学受験がまだ終わらなくて不安しかない人

本当に沢山の思いがあると思う。

高校生活は楽しかったかな?

私ももっと一緒に居たかったな。


「校歌斉唱」


私たちの校歌の1番だけが流れ始めた。

心の中で大きな声で歌った。

私がこの高校に来たのは3年前、

新人だった私は何をして良いか

1つも分からなかった。





「佐藤先生は1年5組の副担任をお願いします」


校長先生に副担任を任命された時は

不安で一杯だった。

どうやって生徒を支えれば良いのか?

副担任は何をすれば良いのか?

そんな時、担任の重田先生が


「教師は10を知って1を教えるんだよ」


と教えてくれた。

その言葉を聞いた私はとにかく勉強した。

どうやってクラスをまとめるのか。

もし、喧嘩が起きたらどうしたら良いか。

教師について色んな本を読み漁った。


入学式の日

私は過去1番緊張していた。

どんな生徒が来るのかな?

ヤンキーが来たらどうしよう?

誰も私の事を覚えてくれなかったら

どうしよう。

でも、1年5組の生徒は全然違った。

自己紹介が終わった後、

質問コーナーがあった。


「佐藤先生は彼氏とかいるの?」


「佐藤先生の好きな食べ物はなんですか?」


「佐藤先生は……」


質問はどんどん溢れ出ていた。

まだ入学式なのに……。

私の目には既に涙が出ていた。

こんなにも愛されて良いものなんだ。

今まで勉強していた事が全て飛んで行った。

大切なのは生徒と向き合う事なんだ。

そう確信した。その日から毎日、

私は生徒に積極的に話しかけて行った。

生徒達はいつも笑顔で私の話に乗ってくれた。

それが嬉しくて……。

1年5組で過ごした1年間は秒で過ぎていった。

終業式で、生徒達は花を私にくれた。


「今までありがとうございました。

佐藤先生との会話は本当に楽しかったです。

皆、佐藤先生の事が大好きです」


これで良かったんだ……。

私は出そうな涙を拭き取って笑顔で


「ありがとう」


と言って1年5組は解散した。


4月からは2年5組の担任を持つことになった。

初めての担任で不安だったけど、

思い出も沢山できて、

あっという間に1年間が過ぎていった。

いよいよ3年生。

受験のサポートをしないといけない。

私は色んな大学を調べた。

文系の世界史好きな人はこの学校だな。

理系で化学で偏差値高い人はここだな。

1日7時間は大学を調べていた。

私が持った学年が来年、卒業すると考えると

まだ1年あるのに涙が出てきた。





そんな思い出を振り返っているといつの間にか

卒業式は終わっていた。

また動画を見返さないといけない。

はあ……。行きたかったなー。

私は今、病院の中にいる。

私は卒業式には参加しなかった。

だから、5組の担任の石田先生から

卒業式の動画を送ってほしいと言った。

その結果、zoomでライブ配信を

してくれる事になった。

本当は卒業式に出てるはずだったのになあ。

でもみんなと会いたくない……。


プルルル プルルル


電話の着信が鳴り始めた。

誰からだろう?

そこには石田先生と書かれていた。


「もしもし」


「もしもし。佐藤先生、

今、卒業式が終わりましたよ。

寄せ書きがあるんで今からそっちに

向かいます」


石田先生の声はいつもよりか震えていた。

きっと泣いたんだろうな……。


「ありがとうございます」


電話が切れた。

私は……。

もうあの日の自分には戻れない……。

あの日、私は全てを諦めた。





3年生の担任に始業式から4日経った日、

いつもより早く学校に来ていた。

理由は目覚まし時計が壊れていたから。

私はせっかくだから5組の教室の雰囲気を

見に行こうとした。

それが悪夢の始まりだった。


「佐藤先生ってうざいよね……」


今まで愛していた生徒から出た言葉。

私の体は震え上げていた。

……何で?……私が悪いの?

いつから……?

私は無意識に学校を出ていた。

私ってみんなから嫌われてたんだ……。

時速60キロで走るトラックに気づかず、

私は轢かれてしまった。

何とか命はあったが、重傷を負ってしまい、

精神も古い時計のように壊れかけて動かなかった。





みんなの顔を見たい。けど会ったら私は……。


「卒業式には間に合いますよ」


医者からそう言われたが、私は断った。

もう会いたくない……。


ピロリン


石田先生から1枚の写真が届いた。

そこには1年5組の生徒、2年5組の生徒、

3年5組の生徒が全員集まっていた。

みんなに会いたい……。

あれ?

今まで会いたくないと思ってたのに……。


ガラガラ


扉が開く音がした。石田先生だ。


「佐藤先生、これ寄せ書きです」



『佐藤先生、いつも話してくれてありがとう』


『うざいとか言ってごめん。

俺たちは佐藤先生の事大好きだよ』


『いつも通りこれからも頑張って』


『最後に……会いたかったよ……』


『何で卒業式に来ないんだよ!!』


『私たちにとって佐藤先生は大切な人だから、

最後に会いたかったよ』


『ずっと待ってたのに……』


『早く来いよ』


今まで避けていたはずなのに……。

みんなが私の元から消えていくのが急に

辛く感じた。

ありがとう……。

あなた達は私の人生を変えてくれた。

私が教師になって何をすれば良いか

分からなかった時にあなた達は道標をくれた。

私が挫けそうになった時も笑顔で

話しかけてくれた。

まずはあなた達に感謝を

伝えないといけないのに……。

何で私は卒業式に出なかったんだろう?

今の自分に嫌気が差してきた。

過去の自分に戻りたい。


コロン


窓から腕時計が落ちてきた。


時間巻き戻し時計


そう書かれていた。

私は神に祈りながら3月1日の朝に合わせた。

お願いします。卒業式に出たいです。

時計は眩しく輝き、時は3月1日に戻った。

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