放課後のひと時と文芸部

帳要/mazicero

第1話

「ねえ、ねえ、彰人くんは二刀流ってどう思う?」

「唐突だな」

 そう言って読んでいた本に意識を戻そうとするも、頬を両手で挟まれてグイッと前を向かせられたので無理だった。長机を横に二列並べた向こうから身を乗り出しているのは、それはそれは可愛い顔をした小柄な同級生だ。

「僕、気になります」

 目を輝かせていってくるのはいいんだが。

「『私』と言わなかったことは褒めてやろう。今や直木賞受賞作家の偉大な作家様を敵に回したくないからな。だが、俺は気にならんし、二刀流がドウコウに興味もない。故に、答える義理はない!」

「えー、いいじゃん。友達の質問ぐらい答えてよ。どうせ文芸部の部室には誰も来ないんだから」

「そんなことはない。今は行事準備で来ないだけで、先輩方も所属しているし、同学年のあの才女も所属してる。今日来なくとも定期的に誰かは来てるぞ」

 そういうと、そういえばそうだったねと納得された。まあ、部員は少なく、成果もなければ、知名度も低い。単純に言って花形ではない。誰も来ないと思われても不思議ではない。

「でも、どっちにしたって僕は彰人くんの意見を聞きたいなー」

「そうだな。強いて言えばラノべで勇者パーティーのメンバーに一人はいそうだよな。二刀流の剣士でなくとも、双刀使いも二刀流に分類されるだろ」

「そうだね。あとは二種類の方法で戦うタイプの人とか」

「ああ、魔法使って、剣も使うとかいうやつな。偏見だとは思うが、そんなフィジカル系魔法使いなんてそうそういないだろ」

 有名作品には多数存在するが、本当にいるのだろうか。まあ、フィジカル系でも戦略的に戦うキャラはいるかもしれないからなんとも言えないのか?そもそも、魔法はそんなに難しいものじゃない印象があるからなんとも言えん。

「で、彰人くんはどう思うの?」

 同級生佐々木理玖の笑顔は俺の性癖にぐいぐいくるものがある。特にこう甘えるような雰囲気が漂ってくる笑い方が性癖に刺さる。ほんと、こいつが女だったら告白してたかもしれない。

 いや、待てよ。

 今やLGBTに寛容な時代。理玖に性的興奮を覚えるかどうかと言われればそうではないが、ずっと一緒にいて心地よいし、付き合うことに抵抗を感じない。つまり、恋人にする選択もありなんじゃないか⁉︎

「彰人くん、怖いよ? いきなりぎらつき始めたけど、なんかあった?」

 いけないいけない。いくらなんだってこれでは怖がらせて終わり。告白以前に、友達でなくなる危険が出てくる。自重、自重。

「何もないよ」

「本当に?」

「うん………」

 ごめんね、理玖。そんなジト目で見られると心苦しいけど、今回は嘘をつかせてください。

 そんな願いが通じたのか、理玖は早々に元の様子に戻った。

「う、うん。それでだな、二刀流はいいんだが、人それぞれじゃないか? 器用な人なら両手で別々のこともできるだろうし、そこまで器用じゃないなら、逆に自分を傷つけかねないからやらなくて良いんじゃないか」

「まあ、そうなるか。でも、それって刀とか武器の場合でしょ? 例えばスキルとかはどうなの? ほら、本業と副業も言ってしまえば二刀流だし、兼任してる人も、仕事の二刀流でしょ。そういうのなら器用不器用てそこまで関係ないんじゃないかな?」

 たしかにそうだ。本業と副業は収入を得るために二つの収入口を作ることだから、いって仕舞えば二刀流。昨今の多くの作家がそうであるように、兼業作家とは二つの仕事につき、二つの口から収入をもらっている。片方が使えなくなっても、もう片方である程度は収入を得られ、無くなった分の口を探しつつ、貯金とその収入でなんとか暮らすことも可能だ。

 どうやら、今日の理玖は簡単に離してくれないらしい。そういえば、ぴったりの話があった。

「えーっと、これは近所のお兄さんの話なんだけど、大学在学中に理科の教員免許を取って、高校で働きつつ国語の教員免許も取ったらしい。だから、今は二教科を教えているとか。そんな話は聞いたことがあるな」

「凄い。理系も文系もいけるってことは相当努力しなきゃ無理じゃん」

「まあな。だが、出身大学がそこまでレベル高くなくて、首切られるとしたら自分からだと思い始めたらしくて、それでまあ、要はスキルアップとか、生き残る選択肢を増やすためにやってたらしいから、好きでやったというわけではないらしい」

「へー。大変だね。大学が全てではないだろうけど、教師ならそういうのも気にされるのかもね」

 タイミングよく下校時刻30分前を知らせる鐘の音が校内を駆け巡った。時刻は五時半。まだまだ冬真っ盛りの今は、すでに外が暗い。俺と理玖は帰る支度を手早く済ませ、部室を施錠し、職員室に届けて学校を出た。生憎というべきか、気しくもと言うべきか。どちらにしても、理玖と俺は家の方向が逆なので校門で別れた。

 結局、何をやりたかったのかはさっぱり分からない。ただ単に知的好奇心が芽生えたのか。それとも、気まぐれか。

 何にせよ、読みかけてそのままになってしまった本の続きを帰ってから読もう。そして、俺は二刀流なんてかっこいいことは言わないけど、ちゃんと勉強しよう。そして、上位の大学に行って、あの兄さんのように悩むことなく生きよう。

 そんなことを思った。

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