第21話(下)
「あれ、別なんだね?」
「ほんとだ」
「流石に服脱ぐのは別にしたいのかな、まぁ、確かに……私もさすがに恥ずかしいし」
「恥ずかしいなら誘うなよ……」
「どっちが入りたそうだったっけ?」
「……わ、分かったよ! 俺が誘おうとしてたから……頼むよ、いじめないでくれって……」
「っふふ、そうね」
面白そうに微笑んで「じゃあ」と言い残して女性用の脱衣所へ入っていった。それを見て溜息を洩らしつつ、翔も男性用の方へ足を踏み入れた。
暖簾をくぐり、中に入ると見えてくる内装はいたって普通だった。場所からしておそらく女性用も同じだろう。長い鏡に4席ほどの椅子があって、ドライヤーと洗面台が置かれている。律儀に化粧水や乳液まで置いていて用意周到でかなりよさそうだった。
そんな洗面台を横切り、翔は小さなロッカーの前で立ち止まる。ロッカーはと言うとガラ空き。時間も時間で、脱衣所には翔しかいない。ほぼ貸し李奇状態だと言っていいかもしれない。
(まぁ、家族で来ている子連れの方がなんて混浴にはいかないもんな)
変態がいては子供も怖るだろう。
ふぅ――と息を漏らして、安堵した。
「くぅ――――っぁ、あぁぁ……」
さすがに今日は疲れた。エッチなことなどできる余力はないし、眠気で欠伸も漏れる。背伸びをすると、背筋がピリッとして少しだけ痛かった。
「さすがに、運転のやつもきてるなぁ」
あんな風にいじめてくる葵だが、運転は苦手だから今日の間の移動はすべて翔頼みだった。正直、つらい。というか、よくもまぁあんな運転で免許がもらえたもんだ。何度もやり直しているにしても、運転できるレベルではない。憤怒でもしたのだろうかと不思議に思う。
「……って、そんなことどうでもいいか」
貴重品を中に入れ、上着を脱ぎ、上から下まですべて脱いでいく。バスタオルをロッカー前のかごに入れて、ハンドタオルで下腹部を隠す。ここは大人として、礼儀を弁えるべきだと考えていた。
「よしっ、行こう」
少しだけ立ち止まり精神集中を計り、扉に手をかけ中に入っていく。
——ガラガラ。
中にはもちろん人がいなかった。女性用の脱衣所の方から少し音がするので恐らく葵の方もまだだろう。
(……せっかくだし、先に洗っておくか)
ここで待つにしても風邪を引きそうなので翔はシャワーで身体を洗うことにした。
彼が身体を洗っている間にでも、ここの混浴風呂の説明でもしようか。脱衣所もそうだが混浴に関しても内装はほとんど一緒だった。水風呂にサウナ、シャワーがうう数台あり、源泉かけ流しの大きな風呂が二つ。種類については色々と書いてあるようだがあまり違いはなさそうに見える。
ただ、一つだけ違うところがあるとすればここには露天風呂があるところだ。
露天風呂は中にある風呂二つ分に相当し、ベンチだったり、樽風呂なども置かれていてカップルでも楽しめそうなものだった。
翔が身体を洗うところに差し掛かったところ、ガラガラと背中側から扉が開く音がした。
(お、着たかなぁ)
翔が首を後ろに向けて振り向くと、そこには――――
「あ、もう先に洗ってた?」
「え、あぁ……うん…………」
「?」
「……」
————素っ裸の葵がいた。
翔は言葉を失った。
失ったというか、口を開けたまま絶句してしまった。
さすがに刺激が強すぎたのか、思考が停止する。
(……ま、ま、ま……まっ——!?)
見てはいけないものを見た気分だった。というか、あれは普通なら見てはいけないものだった。
葵は何にも気にする素振りなく、平然な顔で綺麗な裸体を披露する。翔のように前をタオルで隠すことなどしていない。まさに、見てくれと言っている様で心臓がバクバクと大きく鼓動する。
「——ちょ、ちょちょちょ!!!! ま、前っ——ていうか下もめっちゃ見えてるって!!!」
「……あぁ、うん。いいじゃん、付き合ったんだし?」
「つ、付き合ったからって流石に見ていいものと悪いものがあるだろうよ!!」
「私は良いけど……、それとも――」
すると、すたすたと足音がして耳元で囁かれる。
「——見たくないの?」
(見たいよおおおおおおお‼‼‼)
いいのか、悪いのか、ぐるぐると回転する頭の中。
(見ていいのか、いいのか⁉ いいのかぁ⁉ いやさ、いっかい見たことあるけど、やっぱり!? こう順序ってものがあるじゃない? 俺的には見たいし、すっごく見たいし! でもそれはやっぱり社会的にはよくないだろうし、ここは引くべきと言うかさすがに逃げた方がいいだろうよなぁ……でもぉ、今そこに裸の葵がいると考えるとぉ~~~~‼‼‼‼)
途端にショートして、彼は固まった。
「え、あれ……大丈夫⁉」
「っ——‼‼」
ふんっと大きな鼻息と共に翔は振り返って、葵の肩を掴み抱き寄せた。
「ど、どうだ⁉ いいかぁ⁉」
何がいいのかやら、見たいか見たくないかの話をしていたじゃないかと突っ込んでやりたいところだが翔の顔を見てくれれば分かる通りすでに限界を超えて、理性と本能の境目に立っていた。
しかし、それは葵の方も一緒だった。
裸で密着され、おへそ辺りに何か長い棒のような者が当たっているのを感じ、今まで保ってきた平常心が破裂して霧散する。
「な、な……何っ?」
顔を真っ赤にして、呆気にとられるように葵の体は翔の一回り大きな体に包み込まれる。
予想外の状況に葵は何もできなかった。
「な、何って——ほら、誘ってるんだろ?」
「さ、誘って……え?」
「だから、ほら、見たくないのとか言ってきやがるからっ! そのっ、公されたいのかなぁ~~って!!」
「っ……そ、それは冗談で!」
さすがに恥ずかしくなって否定する。
しかし、翔の手は緩まない。
「ちょっ……やっぱり、たんま!! こ、こんなの聞いてないからっ‼‼ べつ、べつにぃっ――」
「っ……あ、ご、ごめん」
葵が苦しそうに言う声がして翔はとっさに手を離した。
(やべぇ……また、おかしくなっちまった……)
途端にあふれ出す後悔。付き合ったとはいえ、何でもできるものではないと分かっていながらも手を出してしまった。
ゆっくりと身体を離して、後ずさりする翔に今度は葵が静かに呟く。
「……ご、ごめんっ」
「ぁぁ……俺こそ、ごめん」
から回って思わず叫んでしまったが逆に今度は気まずくなった。
お互いにまじまじと身体をチラ見して、視線をずらしてを繰り返しながら、葵は謝ってきた翔を否定する。
「わ、私がっ——あんな顔してたんだから……その、私が悪いよ……」
「いや、俺がまた暴走しちゃって……ごめん」
「私の方が……ほんとに、柄にもないことしてるし……」
「俺の方だって、なんか抱きしめちゃって」
「私の方がだよ!!」
「俺の方がだよ!!」
「俺が!」「私が!」
叫び合って、共鳴したのか温泉の天井に跳ね返って反響する。
そんな響が耳に入ってきて、二人はじっと見つめ合い――やがて、噴き出してしまった。
ぷぷっと零れる笑み。
「な、なにしてるんだよっ——」
「こ、こっちの台詞よっ——」
ひとしきり笑ってから落ち着くと二人はシャワーでお互いの身体を流すことにした。今度は直に大きな胸を触ったり、あそこに触れたりしたが何とか平常心を保つことができた。
そして、洗い終えて——葵が言う。
「じゃあ、お風呂……はいろっか?」
「だな」
二人は立ち上がって、お風呂に向かった。
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