第一四七話 英国救出作戦

 彭城艦長が欧州の地図を広げると同時に、再び扉が開いた。


 また次の乱入者か、ティーガーの次はだれ……だ…。


「その会議、余も参加してよいだろうか?」


 そこに立っていたのは、山吹色の長官服にきれいにまとまった髪、そして印象的な、ちょび髭、この男は……。


「アドルフ・ヒトラー⁉」


 俺がそう言うと、ヒトラーはこちらに目を向け、じっとこちらの目を見つめる。


「少年、貴様は見込みがあるようだから、今回は見逃すが、これから、余を呼ぶときは、総統閣下と呼びたまえ」


 その威圧に押され、俺は首を縦に振る。


 簡潔に言うならば、とんでもなく恐ろしい、今までの実績どうこうではなく、ただ一人の人間としての威圧、威厳が、とても強く出ている。


「総統閣下、わざわざこのような場にまで来ていただき、誠にありがたく思います」


 ルーデル閣下がそう言いながら、右手を掲げる。


「うむ、直って良いぞ」


 ヒトラーも右手を掲げ、ルーデル閣下は手を下げる。


「首相、彼は一体何のWSで?」


 凌空長官が首相に問いただす。


「総統閣下は、『ラーテ』の魂として蘇りました……」


 随分な兵器に、随分な人の魂が付いたなオイ。


「ま、まあひとまずいいでしょう、総統閣下のお力をお借りするということで」


 彭城艦長がそう仕切り、全員の視線が机の上に集まる。


「ではまず、現状の報告をおこないます」


 オイゲンが立ち上がり、資料を片手に説明を始めた。


「現在イギリスはWASの攻撃に会い、ほぼブリテン島全土が占領されています、最初は中間線を保っていたものの、兵器の量で劣る英軍は、次第に戦線を後退、現在は、ロンドン周辺を守るので手一杯だそうです」

 

 二週間前までは南部海岸を守っていたはずで、本当はそこに、安全に上陸するつもりだったが、状況が変わり、上陸作戦を実施しなくてはならなくなった。

 まあ出港する前から薄々分かってはいたことなので、その為の用意もしておいた。


「現在英海軍は、数隻のコルベット艦を残すのみで、WS艦艇は撃沈されるか、WASに拿捕されており、陸軍は全車種合わせて約37輌のみ、制空権は完全に喪失しており、約10機の『タイフーン』を、決戦用に残しているようですが、後はWSの『スピットファイア』が23機、『ホーカーテンペスト』が19機のみ、爆撃機は全て分解し、材料に回したそうです」


 戦闘機のみか……直掩用かな?


「それで、どのようにイギリスを助けるつもりだ?」


 ヒトラーが、椅子の肘置きを指で叩きながら聞く。


「は、現状、敵の本拠地の場所がつかめていないのと、補給線回復の為、ひとまず南部のイーストボーンに上陸、ロンドンへ向けての補給路を確保します」


 まあそうだな、ロンドンの兵士たちを餓死させるわけには行かないからな。


「その後、すぐ近くにある草原を滑走路にし、前線指揮所を設置します、終了次第輸送物資と輸送機の整理を行い、輸送機『Ⅽ―160トランザール』を5機使い、ロンドンへの強行輸送作戦を実施します」

「強行輸送作戦と言うことは、戦闘は必須なのか?」


 ベルト首相が聞くと、オイゲンは首を縦に振る。


「はい、可能性は低いですが、敵機の妨害を受ける可能性があります、その為、日本機で護衛をしてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」


 艦長が俺の方へ視線を向け、ハンドサインで、「お前に任せる」と言われたので、一息入れて、了解した。


「解りました、輸送護衛には、どれくらいの機体をつけましょうか?」


 オイゲンがちらりとルーデル閣下の方を見やると、ルーデルは少し考えた後、


「ジェット4機、レシプロ22機でどうだろうか? こちらも数機、護衛機をつけるから、このぐらいの数で丁度良いはずだ」


 ドイツが何機、何の機体出すのか知らんが、『BF―109』だったら、『零戦』の弱点をカバーできるから、ありがたい限りだ。


 ジェットは……『Ⅿ0』……いや、『F35』で良いか。


「招致しました、では、『零戦五二型』を22機、『F35』を4機つけます、それでいいでしょうか?」


 俺がひとまずそう言うと、ルーデル閣下は肩をすくめて笑う。


「おいおい、若い指揮官君、こんなところで出し惜しみしても仕方ないぞ?」


 どうやら、こちらの考えていたことはバレていたようだ。


「解りましたよ、ジェットは『Ⅿ0―J』を4機つけます」


 そう言うと、ルーデル閣下は満足そうに笑みを浮かべる。


「輸送後ですが、翌日に、全艦艇を出撃させ、制海権と制空権を奪還します、この時ドイツ海軍は邪魔にならないよう、日本艦隊の護衛に努めます」

 

 オイゲンは少しだけ悔しそうな顔をしたが、すぐに元の顔に戻った。

 そりゃそうだ、自身が弱いと認めているようなものだからな、俺もオイゲンと同じ立場なら、同じことを思っただろう。


「ああそうだ、一つ、よろしいですか?」


 俺は、まだ伝えていなかったことを思い出した。


「詳細はちょっとわかりませんが、上陸作戦時かその後、北欧の支援部隊も到着する予定なので、制海権奪取と同時進行で、戦線を押し戻したいと思っています」


 それを言うと、ベルト首相はため息をつく。


「北欧は何故こちらにそれを言わんのだ……」


 その気持ちはわかりますよー首相、到着予定の日程知ったの、俺も海の上なんで。


「……オイゲン君、我がドイツ海軍の戦艦は、現在何が残っている?」


 ここまで黙って聞いていたヒトラーだったが、ここにきて声を上げた。


「は、現在戦艦は、『ビスマルク』『ティルピッツ』『グナイゼナウ』の三隻です」


 少しヒトラーは考えた後、こう言った。


「なら、『プリンツ・オイゲン』と『ビスマルク』は、日本艦隊に編入、ないし別同艦隊として同行したまえ、後の二隻は、この港周辺で待機だ」

 

 その発言に、浅間長官が反論する。


「しかし、今まで艦隊運動の練習をしたことが無い艦同士で、艦隊を構成するのは、悪手です、それに、貴重な戦力を港に残すのは、どうかと思います」

 

 その言葉に、ヒトラーが薄く笑う。


「君には大局観が欠けているようだな」


 ピクッと長官の眉が動く。

 俺は長官を「まあまあ」と落ち着かせ、ヒトラーの言葉を、嚙砕いた答えで返す。


「要するに、『ビスマルク』は囮、待機させるのは、港防衛の為ですよね?」

「『ビスマルク』が囮? 貴様正気か?」


 オイゲンが目を細めて言う。


「正解だ少年、やはりお前は見込みがあるな」


 ヒトラーが手を組み、説明する。


「オイゲン君、英海軍の宿敵は誰だった?」

「……『フッド』を沈めた『ビスマルク』でしょうか?」


 ヒトラーの問いに、オイゲンが返す。

 それを聞いて、ヒトラーは頷く。


「そうだ、そして『ビスマルク』を狙っていたロイヤルネイビーは、現在WASにわたっている、ここからは完全に余の推測だが、おそらくWASは、ロイヤルネイビーの艦艇の自我を奪っている」


 確かに、それを証拠づける物は用意できないが、何故だろう、この男が言うと、同感してしまう。


「自我を奪うことで、艦艇を操っているのだと、余は思っている……自我が無くなった兵器は、殺戮兵器としての本能のまま動きだす」


 オイゲンが目を見開く。


「自然と『ビスマルク』に襲い掛かる……」


 そういうことだ、英海軍共通の敵は『ビスマルク』だった、その艦を戦場に持っていけば、探さずとも、敵が出てきてくれる。


「そして、防衛用に残す戦艦だが、これは考えなくとも分かるな?」


 浅間長官が答える。


「防衛用の火砲が無いと分かっている場合、港に攻撃を仕掛ける可能性があるから」


 イギリスは情報戦略に長けている、この港に、対艦用防衛火器が無いことを知っていれば、母港を襲う可能性は捨てきれない。

 そこで戦艦を残しておけば、大艦隊で攻めてこない限り、かなりの抑止力になる。


「……分かりました、制海権確保のための艦隊は、後程再考いたします」


 オイゲンが少し考えた後、そう答えた。


「では、ここからは私が話そう」


 オイゲンと入れ替わりで、ルーデル閣下が立ち上がった。


「制海、制空権が取れたのち、即座に追加の歩兵と兵器を輸送し、前線基地で整理、車と航空機を使ってロンドンへ人員を輸送、情報の交換を行い、WASの重要基地や倉庫に目星をつけ、爆撃、のちに突入、占領していきます」


 敵の本拠地が分からない以上、そうやって地道に敵戦力を削るしかない。


「本拠地への攻撃は、どうするつもりだ?」


 ベルト首相が聞く。


「見つけ次第、どんな手を使ってでも平地にします」


 それを聞くと、ヒトラーが不敵な笑みを浮かべる。


「そうか、ルーデル君、『平地』にするんだな……クククッ」


 ヒトラーとルーデル以外、その言葉の真意が分かる者はいなかった。


「ま、まあ、核などを使わなければいいのだが……」


 ベルト首相も、前髪を掻き揚げながら言う。


 「平地にする」か……何かの暗号電文か?


「ひとまず、大まかな作戦方針はそれでよさそうだな」


 艦長が呟き、その言葉に一同は頷く。


「で、これらの作戦の総称はどうするのだ? 本拠地への攻撃の仕方は決まっていないものの、その前段作戦である三つには、名前が必要なのではないかね」

 

 ヒトラーの一声に、オイゲンが反応する。


「は、承知しました、総統閣下は、何か案をお持ちでしょうか?」


 オイゲンが畏まって聞くと、ヒトラーは顎に手を当て、考える。


「そうだな……ひとまず、日本語での作戦名が良いだろうな」


 おっと、意外な発言が出たな。


「それは、何故でしょう?」


 オイゲンが聞き返すと、ヒトラーは顎の手をもとの場所に戻し、口を開く。


「特に深い理由はない、ただそう浮かんだだけだ」


 相変わらず、貴方は感で動く人間なんですね。


「ならば有馬、お前が作戦名をつけてしまえ、我々だけが分かればいいのだ、適当に三つ名前をつけろ」


 ティーガーがそう言うので、周りの人の目を見ても、特に異論はなさそうなので、少し考えてみる。

 三つかぁ~、別に適当に名をつけてもいいが、折角なら繋がりがある名前を付けたいなぁ~。


「ん?」


 俺は考えている時、不図、壁に懸けられていた馬の写真が目に入った。

 頭にメッシュのような形で、白い毛が生えている、こげ茶色の馬で、下のネームプレートにはカイザーとアルファベットで書かれたいた。

 

 首相のペットか何かか……?


 カイザー……日本語に直すと帝王か……。

 馬、帝王……テイオー……トウカイテイオー。


「皐月賞、日本ダービー、菊花賞……」

 

 俺が呟いたのを聞いて、凌空長官と艦長がこちらを向く。


「競馬か、なるほどな……」


 どうやらお気に召したらしい。


「じゃあ、前段作戦の総称を「クラッシク」強行輸送作戦は「サツキ」、制海制空権の奪取は「ユウシュン」、本拠地探しは「キッカ」としましょう」


 俺がそう言うと、ヒトラーは頷く。


「「クラッシク」、「サツキ」、「ユウシュン」、「キッカ」か……確かに、敵からしたら、一体何のことか分からんな」


 ヒトラーも異論はないようだ。


「よし、決定だな、前段作戦総称を「クラッシク」、強行輸送作戦を「サツキ」、制海制空権の奪取を「ユウシュン」、敵基地への攻撃を「キッカ」と呼ぶことにする」


 その一声で、最初の会議は終了した。



 現在、03時14分、『大和』艦内、第348号室。



「お、有馬が帰って来たね」


 会議も終わり、部屋で休もうと348部隊の部屋を開けるとそこには、俺を除く三人が、布団に寝転んでいた。


「なんだ、お前らいたのか」


 航海中、吹雪は『赤城』にいたし、圭は『明石』、唯一空だけ大和の艦内にいたが、特に何をしていたのかは知らない。


「今日、寝て起きたら私達は観光行って来るけど、有馬は忙しくて行けないみたいだからさ、先にお土産何が良いか聞いとこうと思って」


 空がふてぶてしい笑みで言う。


「あーはいはい、勝手に楽しんで来い、俺はせっせと働いてきますよ」


 適当に返し、俺は布団に寝転び、目を瞑る。

 以外と疲れていたのか、眠気はすぐに訪れた。

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