第3話
母が亡くなったのは、ボクが幼稚園のころだ。もうものごころがついていたので、その状況は憶えている。母はしばらく前から、入退院を繰り返していた。どんな病気だったのか? 誰も教えてくれないし、またボクも聞こうとしなかった。ただ、何度か手術をして、それでも回復しなかったらしく、そのまま病院でこと切れた。
父親は商社の営業マンで、昔からあまり家にいなかった。長期で出張することはなかったけれど、一週間、二週間と家を空けることも多く、それは母が亡くなってからも変わらなかった。
祖母が時おり、様子を見に来てくれたけれど、それでも家のことはまだ小学四年生だった姉に委ねられた。姉は昔から頑張り屋で、母が入院すると、家事はほとんどしてくれていた。
料理、掃除、洗濯など、ボクも手伝うことはあったけれど、まだ幼稚園児なので、難しいことも多い。
結局、姉におんぶに抱っこ……。それは生活する上でもそうだった。
ボクは姉と一緒に寝ていたし、姉と一緒にお風呂に入る。母が亡くなってから、より一層その傾向が強まっていた。
一緒にお風呂に入るとき、ボクたちは決まって背中の流しっこをした。それは母が生きていたころからそうしていたのだけれど、そこに母がいなくなったことが、少し変わった点だ。
「今度はボクが洗うね」
そういって、姉の背中にまわる。長い髪をひっつめにしており、白くてきれいな背中だ。ただ背中側からみて、右の脇腹に小さな傷跡があり、まだ小さいころに手術をした痕、と教えてもらったことがある。
ボクが背中を洗っていると、その背中が小刻みに震えている。口を押さえているけれど、泣いている感じが伝わってきた。
「どうしたの?」
驚いてそう呼びかけるも、姉はむしろ背中を丸めるようにして、ボクから顔を隠そうとする。
まだ子供だったボクは、前にまわって姉の顔を確認しようとする。でも、姉はパッと動いて、ボクの抱きついてきた。ぎゅっと肩を抱きしめられ、ボクは動くことも、姉の顔を覗き見ることもできなくなった。ただ、ボクの肩に顔をうずめた姉からは、すすり泣く声が聞こえてくる。
千木良 小宇宙(こすも)――。姉の方が「小」とつく。もっとも、男の子なら、女の子なら……と決めていた結果らしい。女の子が先に生まれたので、こうなったと母から聞いた。
ボクは姉に抱きすくめられながら、その胸に当たる感触に、気持ちよさを感じていた。母が亡くなってから、その胸にさわることもあった。一緒に寝ているとき、そっとさわる。姉は嫌がることもなく、それを受け入れてくれた。それは母親代わりとして、ボクを受け入れようとしてくれたのかもしれない。
母代わりがつらかった……? 友達と遊びに行くこともできない。学校行事でも親は来ない。あまり帰ってこない、帰ってきても、子育てにはあまり関心もなく、放置しがちな父親……。
寂しさを募らせて当然だ……。ボクもそう気づき、そんな姉の背中を抱いて、しばらく動かずにいた。
やっと落ち着いたのか、姉も顔を上げると「ごめんね……」と、泣き濡れた顔でつぶやく。
「お姉ちゃんが元気になるなら……」
ボクがそう応じたとき、姉の目が一ヶ所に留まった。ボクの股間が大きくなっているのを見て取ったのだ。
姉は自らお尻をずらし、シートに浅く腰掛けると、背中を丸くするようにして、その座る角度を変えた。
そして、ボクのそれを右手でつかみ、左手はボクの背中、腰を押すようにして、ゆっくりと前にすすませた。
「あッ!」
ボクのそれは、姉の中へと消えていった。
何が起きたのか? ボクにもそのときはよく分かっていなかった。でも、ボクと姉は間違いなく、そこで一つになった……。
今にして思えば、きっと姉は寂しかったのだと思う。だから唯一の肉親と思えるボクと、一体になることで安心を得ようとしたのだ、と……。
それから、ボクと姉は時おりつながるようになった。でも、ボクは腰を動かさなかったし、温かい姉を感じられることが嬉しかった。姉もそれ以上のことを求めなかった。
時おり、ボクはつながりながら、姉の胸にふれる。姉はそういうとき、ボクの頭を優しく撫でてくれた。
きっとその行為も、母親代わりとしてボクとつながろうとするものなのかもしれない。それは湯船の中にいるときも、つながりたい……という想いでくり返されるものなので、それを初めてのエッチ……と呼んでいいのか? でも、ボクが女性と初めてつながる体験をしたのは、姉だったのだ。
そこそこ広いマンションで、ほぼ二人暮らしとなった姉と弟。ボクたちは、そうやって互いの絆を確認する……。他に頼れるものがないからこそ、ボクたちの絆は強くなった。
そして、ボクがそうやって姉と初めてつながった日、ボクは別の意味で、初体験をすることになる。それが、宇宙船に呼ばれる、というものだった。
それが偶然重なったのか? それともボクが初体験を終えたことを確認したからなのか? 突然それはやってきた。
ボクがヒューメイリアンだと知った、初めての日――。
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