第15話 宮城県より

 現在地、宮城県仙台市。東京都から東北最北端までの、中間地点。


 目の前にある大きな門扉と、石造りの塀に囲まれた家に俺は驚愕していた。この辺りではなかなか見ないほどの、大きな家。


 そこの家の屋根付きのガレージの中に2台のバイクが停まっていた。1つは灰色のバイクカバーがかけられている、カタナ。森原の物だろう。

 もう1つは、カバーがかけられていない、スカイウェイブ。こっちは林田の物だろう。


(森原の奴。金持ちか?)

 正直、羨ましいほどの格の違いを見せつけられるほどの家に見えた。やはりあいつは「高嶺の花」のお嬢様だったのだ、と思ってしまう。


 緊張しながらも、インターホンを鳴らすと。

 すぐに彼女が出てきた。


 夏用の薄い黄色いカーディガンをまとって、鮮やかな朱色のロングスカートを履いた森原沙希だった。


「いらっしゃい。遠くまでお疲れ様。歓迎するよ」

 彼女は笑顔で迎えてくれた。


 俺は、ライダースジャケットを脱いで、彼女の後に従っていく。

「いきなり、ごめん」

「いいよ、いいよ。どうせ私もお盆休みで暇だからね」

 などという会話をかわしながらも、家に入る。


 大きい。昔ながらの瓦屋根の家だが、敷地面積が広く、比較的大きな庭まである。東京でこの規模の家を買うと、3000万円以上はするだろう。


 玄関から中に入り、居間に通される。

 そこには、森原の両親と、そして見知らぬ若い女性がいた。


 森原の両親は、穏やかそうに見える、白髪頭の初老の父親と、反対に若々しく見える4、50代くらいの母親だった。


 2人とも、俺のことは聞いていたらしく、遠慮せずに滞在していい、と言ってくれた。


 そもそも1人娘の森原の家に、男性がお邪魔するだけで、緊張していた俺は、少しだけ安堵するが。


 その前に、林田の隣に立つ、若い女性が気になった。

「あら。あなたがひなのちゃんが言っていた、山谷くん? はじめまして。姉のちひろです」

 丁寧な挨拶をしてくれた、彼女は、ひなのの姉のちひろと名乗った。


 森原の親友で、同学年だから俺とも同い年だろうが、実は大学では会ったこともない。

 林田とは逆に、背が165センチくらいはあって高いし、髪もロングヘア―で、清楚さを感じさせるような、白いワンピースを着ていた。


「どうも。山谷です」

 つい敬語を使ってしまっていた。


「妹がいつもお世話になってます」

 バカ丁寧にお互いに頭を下げていた。


「ちょっと、先輩。らしくないですね。いつも私のこと、バカにしてるくせにー」

 妹のひなのの方が、はるかに子供っぽく見えるくらいに、この姉はしっかり者に見えたし、同時に穏やかそうな表情、育ちの良さそうな雰囲気を感じたから、俺は、むしろ林田ひなのより、この姉の方に魅力を感じてしまう。


 などと思って彼女を見ていたら、

「ダメですよ、先輩。お姉ちゃんには、もう彼氏がいますから」

 すぐ後ろで、妹のひなのに睨まれていた。


 結局、ここで一泊をすることになったが。

 どうも、若い女ばかりが3人、森原の母親も入れると4人もいるから、騒がしい。


 夜は、女子会のように大いに盛り上がっている彼女たちを横目に、俺は肩身の狭さを感じるほどだった。


 だが、森原の父親も、母親も、俺と森原の関係性を詮索してくることはなかった。それはそれで不思議だったが、むしろ「相手にされていない」とも解釈できる。


 その日の夜遅く。


 すっかり酒を飲んで、出来上がっている女子3人組に、俺は居間に呼ばれていた。

「で、先輩は~。これからどこに行くんですかぁ?」

 顔を赤らめて酔っぱらっている、林田が呂律の回っていない口調で尋ねてくる。


「お前には関係ない」

 冷たく返すと、


「また、これだよ~。先輩は、私に冷たいですね~」

 彼女に睨まれていた。


「まあまあ、ひなのちゃん」

 なだめている姉のちひろ。


「私も気になるな。何しろ、私が会社辞めることを、そそのかしたようなものだから」

 ワインを飲んでいた森原も加わる。


「だから、それはお前のせいじゃないって。俺が自分で決めたことだ」

「でも……」

 真面目すぎるのか、森原はなおもそのことを気にしているようだった。


「とりあえず、明日には出発して、三陸海岸を北上して、適当に青森を目指す」

 俺の中では、それほど計画があったわけではない。ただ、今は「海」を見たい気分だったのと、同時に「東日本大震災」の跡を見たいという気持ちがあった。


 あの震災の悲劇からすでに9年。同じ東北人として、見過ごしたり、忘れたりは出来ないからだ。


「そんなに急がなくてもいいんじゃない?」

「えっ」

 森原だった。

 

 いつものような、柔らかい瞳で、俺を見て、彼女は1つの提案をしたのだった。

「あと1泊くらいしていきなよ。明日は、私が面白いところに連れて行ってあげるからさ」

「面白いところ?」


「うん。コバルトラインって言ってね。まあ、この辺りでは一番走りやすいかな」

 俺は聞いたことがなかった。


 一口に東北と言っても、とてつもなく広い。秋田県周辺はかろうじて知っているが、それ以外は俺にとっては、疎かった。


「よーし。私も行くぞー」

「ひなのちゃん。飲みすぎ」

 この、全然似ていない姉妹のやり取りは放っておいて、俺は森原と翌日の約束をすることになった。


 そして、翌日。8月10日。

 きっちり、林田はついて来た。


 もちろん、先導するのは、地元に詳しい森原だ。

 白い薄手の夏用ジャケットに、スキニージーンズを履き、丈の短いライディングシューズを履いた森原がカタナにまたがる。


 林田の姉のちひろは、バイクには乗れないので、森原宅で待っているらしく、出発前に見送りに来てくれた。


「気をつけてね、ひなのちゃん」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 とは言っていたが、姉のちひろは、本気で案じているように見えた。


 その証拠に、出発前に、俺は密かに彼女に呼ばれていた。


 そして、

「山谷くん。妹は思い込みが強い子だから、心配だわ。何かあったら、助けてあげてね」

 と懇願され、俺は渋々ながら頷いたが。


 内心、

(思い込みが強いってレベルじゃないけどな。それに俺は林田の保護者じゃない)

と思うのだった。

 

 行き先のコバルトラインは、牡鹿おしか半島と呼ばれる場所にあり、ここから海沿いの道を走って、約2時間というところだった。


 プチツーリングにはちょうどいい距離だ。距離は約80キロ強。


 途中、有名な観光地の松島を通ることになる。


 そして、このツーリングで、彼女の「予感」が現実になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る