第4話 森原沙希という女
ゴールデンウィークを間近に控えていた4月末。
再会したことで、前に聞いて知っていた、森原のLINEに、俺は思いきってメッセージを送っていた。
「ゴールデンウイーク。どこかにツーリングに行こう」
俺にとっては、一種の「憧れの人」だった森原との再会。気が浮き立たないはずがなかったし、付き合ってもいないから、「泊まり」でなくても、日帰りツーリングでも十分だった。
要は、彼女と「同じ時間」を共有したい。
それは、この年になって、久々にやってきた「恋」の気持ちの最熱を感じさせるものだった。
何より彼女は、美人で、聡明で、スタイルもいい。
そして、
「5月3日ならいいわよ」
と、願ってもない返事が来たのだ。
飛び上がるばかりに喜ぶ俺。やはりこの「恋」は本当だと思った。
そして、ワクワクしながらも迎えた5月3日。その年は5月2日が土曜日、5月3日の「こどもの日」が日曜日。4日が振替休日。つまり2日~6日まで5連休という大型連休だった。欲を言えば、泊りがけが一番いいが、付き合ってもいないから、そこは妥協した。
行き先は、伊豆半島に決まった。待ち合わせ場所は東京都三鷹市に住む俺と、埼玉県朝霞市に住む彼女が、共に行きやすい場所にした。
圏央道の厚木PA。そこが待ち合わせ場所に決まった。
俺の家からは高速で約50分。彼女の家からは1時間15分ほどだという。
当日の天気は快晴で、春らしい、暖かな陽気に包まれた、絶好のツーリング日和だった。
当然、テンションも上がる。
俺は、早々と自宅(コンテナ)を出発し、中央道経由で、圏央道に入り、待ち合わせ時刻の午前8時よりも30分も早い7時30分には到着していた。
当然、彼女のカタナの姿はまだない。
喫煙所で、紫煙を燻らせながら、彼女を待つこと20分。
旧型カタナのGSX1100Sが、伸びやかなエンジン音を響かせながら、PAの駐車場に入ってきた。
旧型カタナは目立つし、ただでさえ人気がある。その上、長身の美人が乗っているのだ。彼女は目立って、注目を浴びていた。
確か以前、聞いた話だと、身長は168センチはある。
服装は、オシャレな赤茶色のジャケットに、茶色いチノパン姿。
そんな彼女と一緒にツーリングに行けるというだけで、男なら誰しも舞い上がってしまうだろう。
「おはよう。早いね、山谷くん」
「ああ。おはよう」
何気ない会話ですら、俺の心臓の鼓動は早くなる。
ようやく訪れた、遅い「春」に、俺のテンションは朝から爆上がり状態だった。
早速、俺が先導する形で、圏央道を走り、やがて海老名ジャンクションから東名高速道路に入り、途中休憩を挟みながら走ること2時間あまり。
静岡県沼津市にやって来た。
ここでは、漁港に併設された建物で、新鮮な魚が食べれる。まずは腹ごしらえをしようと思ったための計画だった。
同時に彼女が、実は「魚好き」ということを知っていたのも計算のうちだった。
2人で、歩き、食堂を選びながら、会話をしていると、まるでデートのようだったし、実に楽しいひと時だった。
その食堂で。
「いやー。新型カタナは速いね」
彼女の感想の第一声がそれだった。
「まあ、一応、148馬力はあるからね」
「マジで? 私のカタナは95馬力だよ」
そう。そこは、新型カタナが唯一勝るところとも言える。
逆に言うと、
「でも、タンク容量が12リットルしかないんだよね。頻繁な給油が面倒」
「12リットルは少ないね。私のカタナは20リットルはあるよ」
タンク容量の少なさが一番のデメリットだった。
魚料理とはいえ、ここでのオススメは、海鮮丼だという話を聞き、2人で海鮮丼を食べて感想を言い合う。
もうそれだけで、テンションが上がるし、しかもこんな美人と一緒に食べて、ツーリングを楽しめるのだ。気分は最高だった。
大体にして、バイク乗りはおっさんばかりだし、女はただでさえ少ないから、バイクに乗る若い女は、それだけでモテるのだが、彼女は中でもその「最上位」にいる。そんな彼女を連れているという優越感すらあった。
ある意味、この時の俺は「一番幸せ」だったのかもしれない。
夢が叶ったのだ。もっともまだ付き合ってすらいなかったから、関係性では大学時代とあまり変わらないが。
その後、舞い上がっていた俺は、途中で給油を挟み、下道を走り、西伊豆スカイラインへ彼女を先導した。
ここ西伊豆スカイラインは、なんと言っても無料で走れる上に、景色もいいし、交通量も、有名な伊豆スカイラインより少ない。
これ以上ないほど快適なツーリングを楽しめる上に、後ろには旧型カタナに乗る美人がいる。
2台のカタナは、恐らく目立っていただろう。もっとも、目立っていたのは、美人の彼女だけかもしれないが。
ともかく、ここを走り抜け、そのまま南伊豆に向かい、昼頃には、下田市に到着。
そこで昼食として、道の駅開国下田みなとで、有名なハンバーガーを食べた。
実はそこで、彼女の「一端」を見てしまうことになる。
俺がオススメと言って、食べたはずのハンバーガー。
彼女は、「美味しい」とは言っていたが。
「何だか、大きくて食べづらいね」
「じゃあ、代わりに食べようか?」
何の気なしに口から出ていたが、彼女は、
「いや、いいよ。食べる」
と何故か頑なに断っていた。
その時は、彼女がいいところの「お嬢様」っぽくて、庶民が食べるハンバーガーが苦手とか、女子にしては、確かに大きすぎて食べづらいのかも、あるいは俺が食べることで間接キスになるのを嫌がったか、くらいにしか思っていなかった。
だが、この最初の「発端」が後々、重要になってくるとはこの時、思いもしなかった。
午後は、そこから山側に入り、有名な伊豆スカイラインを通って、十国峠で休憩を挟み、夕方には箱根に着く。
終始、舞い上がっていた俺にとって、途中の景色より、彼女と一緒にいることの方が印象に残ってしまった。
芦ノ湖畔の駐車場で、タバコを吸っていると。
「山谷くん。タバコ、辞めないの?」
俺から離れた位置で、彼女は少し表情を曇らせていた。
そう言えば、昔から彼女は「タバコの煙」が苦手だと言っていたことを思い出していた。
仕方がない。せめて彼女と一緒の時くらいは、タバコを辞めようと思うのだった。
とにかく、この日は、目一杯2人でツーリングを楽しみ、晩飯には小田原厚木道路を降りた後に、ファミリーレストランで食事を摂り、途中で別れて、無事にツーリングは終わった。
改めて、別れるのが惜しいと思ったし、帰路に一人で走りながら、改めて俺は、
(やっぱ可愛いなあ)
と彼女のことを、1人の女として、魅力的に思い直して、それこそ惚れ直していたようなものだった。
こうして、彼女との初ツーリングは終わったのだが、俺はまだ「森原沙希」の真実の姿を知らないのだった。
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