Oh My Rhapsody
秋山如雪
第1話 ブラック企業とストレス
※この小説の舞台は、2020年ですが、コロナ禍は発生していないという、架空の設定です。
俺、
(
と。
俺は、社会人になって4年目の、25歳のしがないサラリーマンに過ぎない。日々、満員電車に揺られ、行きたくもない会社に通い、日々、クソみたいな人間関係に振り回され、膨大な仕事を抱えている。
要は、そこは「ブラック企業」だった。
俺の仕事は、IT企業に勤めるSE(システムエンジニア)。と言えば聞こえはいいが、早い話がITに関する「何でも屋」であり、この業界は、本社から「出向」という形で、様々な企業に「派遣」されることが多い。
待遇こそ「正社員」ではあるが、要は、現場に配属されるために、面談を受けて、その都度、自分を売り込む、「使い捨ての人身売買」に近いのが、ITの実態であり、それ故に「IT
俺が面談で受かった後に配属された、その現場も、御多分に漏れず酷かった。
IT業界では、「工数」が最も重要視される。つまり「
1人の作業員が働いた工数を示す指標で、1人が1か月働いたら、1人月と言い、それを基準に、作業員の単価を決めたりする。
要は、この単位自体が、「人を物」としか見ていなく、元々土木・建築業界で使われた用語が由来なのも、ITが「IT土方」と言われる所以なのだ。
先に名前を出した「溝坂」というのが、派遣先にいる、別の会社の人物で、そいつがプロジェクトチーム(メンバー5名ほど)を取り仕切っている、いわゆるプロジェクトリーダー(PL)なのだが。
こいつがまあ、酷いもんだ。
「お前ら。工数の締め切りは絶対守れよ。遅延なんて絶対許さないからな。俺の顔に泥を塗ることだけはするな」
という、普段の発言自体から、もうこいつが「自分のことを守る」ことしか考えていないことがよくわかる。
要はこいつは、「リーダー」という自分の地位を守りたいだけで、部下をただの「駒」としか思っていない。
使えなくなったら、替えればいいと思っているだけだ。
そして、往々にして、IT業界にはこの手の「腐った」上司が多い。上には、こびへつらい、下には軍人のように厳しく接する。
なので、当然、毎日のように終電近くまで働く長時間労働で、休日も交代で社用携帯を持たされ、何かあったら(俺の仕事は、サーバーの保守・運用・構築に当たるが、そこで障害が発生したら)、休みだろうが、何だろうが即現場に駆けつけて、障害対応を完結するまで帰らせてくれない。
工数に追われ、締め切り間際に、死んだように働くことを、IT業界では「デスマーチ(死の行進)」と呼ぶが、締め切り間際に、実際に会社に泊まり込みで、徹夜で働いたことがある俺は、最近、特に憂鬱だった。
(はあ。帰ってビール飲んで寝たい)
あまりにも慢性的な長時間労働、作業が遅かったり、少しでもミスをすると飛んでくる罵声。そこはもう完全なるブラック企業。そこに人権などはない。
おまけに、その溝坂が、超絶「細かった」。それも「どうでもいい」ことに異常に細かい。
曰く。
「文書を閉じるホッチキスの位置が違う」
「文章表現が少しだけ違う」
「文章の立て付けが想定と違う」
などなど。
ほとんど「嫌がらせ」かというレベルで、完璧を求められ、たとえ90%出来ていても、溝坂の加減次第で、全てやり直しになる。異常に細かいIT業界にはよくある話だが。
こういうのを「マイクロマネジメント」と言い、部下に細かく指示しすぎて、部下の独創性を奪うと言われる。
毎日毎日、細かく指示されれば、確かに「どうでもいい。こいつの命令にだけ従っていればいい」というロボット人間が生まれ、考えなくなる。
こういう野郎が、日本の企業全体をダメにしている、引いては日本の経済成長を妨げているとすら、俺は思うのだが、所詮は1サラリーマンで、しかも出向で出向いている立場の俺は、「立場が弱い」のだ。
(俺は何で、こんな仕事やってんだろうな)
たまに自問自答したくなるのだ。
大学時代は、英語に興味を持ち、資格を取り、短期だが、アメリカに留学もしたことがあるし、海外の人と交流するのは、純粋に楽しかった。
だが、結局、英語力を極めるまでは至らなかったため、思ったような仕事先が見つからず、たまたま受けたIT企業に合格、今に至る。
最初に派遣された現場は、今ほどひどくはなく、新人ということで、色々と丁寧に教えてくれた。そう、つまり「派遣先」によって、「運」があるのもこの業界。
まあ、文句を言っても始まらない。
「お先に失礼します」
とも言う相手が、すでに周りには誰もいない、深夜23時30分。
終電目指して、駅までダッシュで駆け抜ける俺がいた。
同時に、その日は金曜日だったことを思い出していた。
真っ先に帰宅してから着替え、ヘルメットと鍵を持って、自宅のほど近くにある、コンテナに向かう。
バイク専用ではないが、大型バイクが入るコンテナを防犯用に借りているからだ。
シャッターを開ける。そこに佇んでいたのは、銀色の大型バイク。スズキ 新型カタナ、またの名を「GSX-S1000S」。
2018年10月、インターモト(ドイツ・ケルン)で発表され、2019年5月に発売されたばかりの新しいカタナ。
賛否両論があり、GSX-S1000Sをモチーフとし、スズキ リッターSSのGSX-R1000のエンジンを積んでいるが、タンク容量が中型バイク並みの12リットルしかない。その分、重量は215キロまで抑えられ、取り回しもいい。
そう。しがないサラリーマンの俺の唯一の楽しみ。それがこの「バイク」だった。元々は小排気量のバイクに乗っていたが、やがて飽き足らずに大型二輪免許を取得。
つい2か月前から乗り出したばかりの新型カタナが今の相棒だった。
キーを差し込んで回すと、「刀」の文字が液晶パネルに翻る。イグニッションスイッチを押すと、4気筒の野太いエンジン音が、目を醒ます。股の間から大きな鼓動が聞こえるようだ。
ーグォーン!ー
少し吹かしただけで、強烈な「獣」のような荒い声を上げるそいつ。俺はこの瞬間が一番好きだった。
バイクは何事にも、「人」にも「場所」にも「時間」にも縛られない。
ストレスが溜まった時は、特にこの「バイク」を動かし、1人で飛ばすことが多かった。
金曜日の深夜。いや、もうすでに日が変わり、土曜日の深夜。
最高出力148PS(馬力)を誇るエンジンをぶん回し、6速で夜の闇を切り裂いて走るのが快適だった。
街の灯りは眩しいが、すでに交通量はほとんどない。
東京都三鷹市のコンテナを出た後、永福インターチェンジ付近から、首都高速道路に入る。
深夜0時を回った首都高速は当然、空いていた。
まだ肌寒い4月頭だったが、その寒さよりも、俺は身に打ち震えるほどの怒りと、やりきれない気持ちを抱え、それをフルフェイスのヘルメットのシールドを開けて、叫んでいた。
「死ね! 溝坂のクソが!」
誰にも聞かれないまま、深夜の都心にこだまする「相手の死」を呪う叫び声。
要は、俺は「病んで」いたのだ。
限りなく病んでいた。
人生に絶望し、一時は「死」すら選ぼうと思ったこともあった。
だが、人生とは不思議なものである。
「捨てる神あれば拾う神あり」と言う。
ふとした、「出逢い」が人生を変えるきっかけにも繋がるのだ。
25歳の春、4月。俺、山谷亮太は荒れていた。
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