二刀流

冬気

二刀流

 「二刀流? 」

 僕は静かに「はい」と答える。

 「二刀流ねぇ」

 喫茶店のテーブル席。僕の目の前に座る編集者の谷川さんはそう言って、唸り始めた。いつもの眠そうな目が、ぎゅっと閉じられる。

 僕は、この気まずい時間をどうにかやり過ごそうと思い、テーブルの上にある紙の束を意味もなく見つめる。

 僕の仕事は文章を書くことだ。もっと言えば小説を書くことだ。今見つめている紙の束は、僕が昨日書ききった新作小説の原稿。本来なら、メールで谷川さんに送信すればよいのだが、今回は『二刀流』の話がしたくて、わざわざ原稿を紙に印刷して、わざわざ喫茶店まで来てもらい、そして現在、一人は唸り続け、もう一人はテーブルの上の原稿を見つめ続けるという、なんとも不思議な場面が出来上がってしまった。

 『二刀流』という表現だと、最初に、二本の刀を使って戦うスタイルをイメージしてしまうから、あまり適切な表現ではないのかもしれない。『二足の草鞋』ぐらいがいい表現だろうか。

 さて、谷川さんを唸らせている原因はお察しのとおり、さっきからなんども登場する『二刀流』だ。この『二刀流』というのは、簡単に説明すると、二日前「小説の売れ行きが最近怪しいので、何かしませんか? 」という谷川さんから相談があった。

 そしてそれに僕は、「音楽をつくりたい」と答えるために今日、喫茶店まできてもらったのだ。つまり、小説と音楽の二刀流を提案しに来たのだ。

 音楽をつくりたい、という気持ちは、なにも一日二日で芽生えたものでは決してない。小さなころからの夢の一つだった。小説を書き、自分の本を売ることも夢の一つだったが、音楽もつくりたいとも思っていた。

 音楽、特に歌は、小説を書くことと似ている。が、違う。自身の気持ちを伝えたり、誰かに思いを伝えたり、面白いストーリーができたからきいてくれ! というものたちを、かたちに表すものだと思っている。だが、音楽には入れられる言葉の数に制限がある。小説に制限がない、というわけではないが、音楽の歌詞は小説と比べれば、圧倒的に少ない語数で何かを伝えなければならない。

 昔から様々な歌を聴いてきた。そして、少ない語数でこんなにも心を動かすことができる、という事に感動したんだ。

 紙束を見つめているのも飽きてきたので、少し視界を変えようと、注文したアイスティーをのぞき込む。薄く茶色がかった、アイスティーの水面から、元気のない疲れ切った顔がこちらを見つめる。思わず僕は目をそむけ、仕方がないのでテーブルの木目の数を数える作業をしようとした。そのとき、

 「分かりました。一度やってみましょう。ほかに、もっと良い案があるような気がしますが、実際にやる本人がやる気を感じてないと意味がありませんしね」

 そう言って谷川さんは、いつもの眠そうな目で僕を見据える。小説と音楽を掛け合わせるなんて、この先一体どうなるかが予想できない。

「それで、何か曲をつくったりしたことは? 」

 と谷川さんは僕にきく。

「ここに入っています」

 と僕は準備していたUSBメモリを谷川さんに渡す。谷川さんは自身の黒いショルダーバッグから、ノートパソコンとイヤホンを取り出す。パソコンを起動し、USBメモリをポートに挿し込む。イヤホンジャックも挿し込む。そして、マウスを数回クリックすると、椅子にもたれる。おそらく、今、イヤホンから僕のつくった音楽が流れているのだろう。

 四分がとてつもなく長く感じた。谷川さんはイヤホンを耳から外し、俯く。あまり、良くなかったのだろうか。やはり、素人がつくったものでは希望なんてないのだろうか。

 谷川さんはゆっくりと顔を上げる。その顔はいつもの眠そうな目をしていなかった。口元がニヤリとしているのが分かった。そして口を開く。

 「一曲だけじゃ、足りませんね。あと、何曲かつくれますか? 」

 「じゃ、じゃあ――」

 「やってやりましょう、小説と音楽の『二刀流』」

 僕は嬉しさのあまり、緩んだ顔を谷川さんに見られるのが恥ずかしくて俯く。アイスティーの水面にはもう、元気のない疲れ切った顔はもういない。


 それから、小説と音楽の二刀流として世間に僕の名が知れ渡るのは、そう遠くない未来のお話。

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二刀流 冬気 @yukimahumizura

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