第六章 肥後守(ひごのかみ)
その日の夕食は静かであった。
元々無口な善造であったが、ここ数日、明るくなった勇に合わせて会話も楽しんでいたのだが、昼間何かあったらしく勇はふさぎこんでいた。
「もう、食べんのか?」
半分程残した夕ご飯を見ながら勇に言った。
「ごちそうさま・・・。」
勇は立ち上がり、TVゲームをしようとリュックを探した。
「じいちゃん、僕のリュックは?」
「ああ、それなら掃除するんで、
奥の部屋に置いてあるでな・・・」
勇が奥の部屋に入ってみると、小さな机の上にリュックが置いてあった。
この部屋に入るのは、初めてであった。
もしかしたら父の明雄が小さい頃使ったのであろうか、古ぼけた学習机であった。
そーっと、机の引き出しを開けてみると、昔のマンガの筆箱やノートなどが入っていた。
筆箱を開けてみると、古ぼけた鉛筆や消しゴムの間に、小さなナイフが入っていた。
「ヒゴ・・・マモル?」
「肥後守(ひごのかみ)」と彫られているナイフはずっしりと重かった。
根元のツバを指で押してみると、キラリと光る刃が出てきた。
「カッコイー!」
勇は目を輝かせて、見とれていた。
何かワクワクするような気分になってくる。
刃をとじて、今度はノートを取ってみた。
日記帳と記されていて、数十年前の年月日が書かれていた。
ノートを開いてみると、小さな字でびっしりと綴られていた。
十月十一日 晴れ
又今日もいじめられた。どうして僕ばかりいじめてくるんだろう。大キライだ、コウジのやつめ。でも、ダメなんだ、にらまれると体がすくんじゃうんだ。
十月十二日 くもり
あー、もう学校へ行きたくない。
何もしてないのに、僕がちょっと楽しそうにしていると、コウジのやつがにらんでくる。でも、こんなこと、おとうちゃんやおかあちゃんには言えないし・・・。
勇は開いたノートから目が離せなくなった。
あんなに強くてたくましかった父が、自分と同じように少年時代にいじめられていたとは。
勇は読んでいて、痛いほど気持ちがわかった。
悩んでいても、親にも打ち明けられず苦しんでいる様が、全く自分と同じであった。
勇は夢中になって、読み進めていった。
十一月二十日 雨
今日はクツをかくされた。ゲタ箱をさがしたんだけど、なかった。仕方ないから上ばきで帰ったら、学校の玄関の外のゴミ箱に僕のクツが入っていた。きっとコウジのやつだ。
十一月二十一日 晴れ
今日はみんなでソフトボールをした。また、一人対三人でやらされた。かってにルールを作ってくるんだ。僕がたまに打ってもファールだって言うんだ。それでむこうのこうげきは僕が一人で守るからやりたいほうだいだ。そしていつも同じイジワルをされる。もう、死にたい。
勇は、読みながら涙を流していた。
日記の父に自分を重ね、そしてコウジにアツシを見ていた。
心の中で、何度も「ガンバレ」と叫んでいた。
十二月五日 晴れ
ついにやった!コウジ達とケンカした。一人対三人だったけど負けなかったぞー!
僕もやられたけどコウジは思ったよりも弱かった。僕がつかまえてふり回すとコウジのやつふらふらになってやがんの。ヒザげりで、はらをいっぱいけってやった。
あいつら三人もいるのにビビッてにげて行きやがんの。きっかけは女の子だったんだ。どこの子か知らないけど、いつものように一人対三人で神社のケイダイでソフトボールをしてたら、その子が言ったんだ。
「何で、あいつらの言いなりになってるのよ。あいつら、ひきょうよ。」
僕よりもずっと年下なのに、僕はそう言われて知らないうちにコウジに体当たりしていたんだ。ケンカが終わった後、その子をさがしたんだけどいなかった。もしかしたら神様がおりてきたのかな。
十二月六日 くもり
今日は、びっくりした。帰りがけゲタ箱で、コウジ達がみんなで僕にあやまってきたんだ。そして仲なおりにソフトボールをした。もちろん二人対二人でね。こんなに楽しく遊んだのはじめてだった。僕はもうビクビクしないぞ。
十二月十四日 晴れ
あれからクラスのみんなとも仲よくなって学校も楽しくなった。よく考えてみると僕もいつもビクビクしていて、みんなをイライラさせていたのかな?おとうちゃんには、はずかしくて聞けないけど、おとうちゃんのこどもの時はどうだったんだろう?
そうだ、将来、もし僕にこどもができて男の子だったらいつかこの話をしてあげよう。イジメはにげてちゃダメなんだ。自分一人で立ち向かわなくっちゃ。今日、いい物を神社のあるところにかくしたから、おとなになったらつれていってやろう。それと「ヒゴノカミ」もあげよう。僕の宝物なんだ。よく切れるぞー。
勇は涙をにじませて、ノートを読んでいた。
特に父がいじめっこに逆襲した所は、何度も読み返しては胸をスーッとさせた。
改めて古びたナイフを手に取ってみた。
「へえー、ヒゴノカミっていうんだ。
このナイフ・・・」
父は忘れてしまっていたのだろうか。
でも、まぎれもなく数十年の歳月を経てプレゼントされた物なのであった。
勇はこのナイフを一生の宝物にしようと思った。
同時に父の勇気もプレゼントされたようで、うれしかった。
窓を開けてみると、月が大きくはっきりとうかんでいた。
昼間のセミと交代したかのように、虫達が小さな音を無数に重ねている。
月明かりにうつる勇の顔は生気を取り戻し、笑顔になっていた。
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