弟子入り
一十木アルカ
弟子入り
「ここが新二刀流道場か……」
赤い着物に両腰一本ずつ日本刀を携えた市川広芽は、町娘から教えてもらった道場の前に立っていた。
凄腕の二刀流使いがいる――旅の途中でそんな噂を聞きつけ、はるばるこの地へとやって来たのだ。最強の剣豪を目指す広芽には、剣の使い手と聞けば誰であっても教えを乞う気概があった。道場を経営しているのであれば、門前払いということはないだろう。
威圧感を放つ門をくぐり、しばし歩いた先には立派な構えをした道場が建っていた。
「これは期待できそうだ」
これだけの規模を維持するには大量の門下生が必要だ。そして門下生が沢山いるということは、それだけ師範の腕を認める者が多い証左でもある。
「頼もう!」
入口に立ち大声で叫ぶと、道着を着た一人の女性が姿を現した。
「何者だ」
「我が名は市川広芽! 新二刀流道場の師範、南条親穂殿にお会いしたい!」
「私が南条親穂だ」
その回答に広芽は少し驚いた。まさか女が道場の師範をやっているとは。
だが自分だって女である。すぐに平静を取り戻した広芽は、誠意をもって膝と手をついた。
「南条親穂殿の腕を聞いてやって参りました。ぜひ私にもその極意を教えて頂きたい!」
「ふむ、面を上げろ」
地面から額を持ち上げた広芽を、親穂は見定めるようにじっくりと熟視した。
「いいだろう、気に入った」
「ありがとうございます!」
再び広芽は頭を下げた。弟子入りを認めてくれ、あまつさえ自らの実力を認めてくれる言葉をかけてくれたことに、広芽はいたく感激していた。この人の技を自分のものにするまで、どのような厳しい修行にも耐えていこうと心に誓った。
「ではまず服を脱げ」
「はいぃ?!」
顔を上げるといつの間にか親穂が自分の目の前におり、艶めかしい目つきでこちらを見つめていた。
「い、一体何を……私たちは女同士ですよ」
頬を赤らめながら戸惑う広芽の顎を、親穂がくいと持ち上げた。
「一向に構わん。なぜなら私は二刀流――男も女もイケる質だからな!!」
「ま、待ってください!」
「そのネタ『二刀流』のテーマで書いてる人全員やってると思います!」
「さすがにそれは真面目に二刀流書いてる人に失礼だろ!」
広芽は親穂の手を振り払った。
「とにかく私は二刀流の技を覚えに来たんです!」
「だから今からお前の身体に刻み込もうと」
「そっちの技じゃねぇ!!」
師匠に対するものとは思えない言葉遣いで、広芽はキレ散らかした。
「とにかく剣を教えてください! 男の股にあるものではなく、ちゃんと切れる剣です!」
「わざわざ言わなくてもお互いに持ってないって」
親穂は呆れながら道場の奥へ引っ込むと、自らの剣を携えて再び現れた。
「あの……なんで一本しか持ってないんです? 二刀流の道場なんですよね?」
「『新二刀流』という流派だが、使うのは剣一本だけだ」
「詐欺じゃねーか!」
怒りのあまり親穂が持っていた剣を叩き落とす。
「というかそれ洋剣じゃん! 舞台設定と全然マッチしてないし!」
「何を言ってる。ここは剣と魔法の世界なんだぞ」
「お互い和風の名前なのに?! いやマジだ! よく見たらジャンルが異世界ファンタジーだ!」
門を振り返ると表には冒険者風の格好をした人たちが通りを行き交い、空を見上げるとドラゴンが縦横無尽に空を飛び回っていた。
「……いや異世界ファンタジーならドラゴンが町にいるのはマズいでしょ!」
「大丈夫だ、あれは領主様のペットだから」
「飼えるんかい?! ってかペットならきちんと管理しろよ!」
そろそろツッコみすぎて動悸が激しくなってきたので、広芽が一旦深呼吸をする。
「ってかこれだと私がめっちゃミスマッチじゃん……一人だけ着物で日本刀だし……」
ここまで来る間に違和感を感じなかったのだろうか。
「大丈夫だ、どんな格好であろうともそなたは美しい」
広芽の背中に片手を回し、親穂が顔を近付けた。端整な顔立ちが目前に迫る。
赤面した自分の顔が反射する目を見ながら、広芽が言った。
「ごめんなさい、私ノーマルなんで」
「その反応で二刀流じゃないのかよ!!」
完
弟子入り 一十木アルカ @hitotokiaruka
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