君がいる夏
甘味料
1
空気が煮えたぎり、道路が揺らめいているのがわかった。
蝉の声が五月蠅くてどうしようもない。
私は、夏が嫌いだった。
寒がりの君が汗を流すのは今だけだから、ただその物珍しさだけを楽しんでいた。
鼻の先から汗が垂れて、道路にぽたりと落ちた。
こうして毎日のように汚れを染みつけられる道路は、一体誰がいつ掃除をしているのだろうか。知った事じゃない。
ただそうやって私も君も知らないようなことが、まだこの世界にはたくさんありすぎるのだ。
君から落ちた汗の溜まりを、なんとなくスニーカーで地面に塗り付けておいた。
夏の自動販売機は、冬よりももっと強力な力を持っている様に思えた。
蝉の声に負けずごうんごうん鳴り響く様子は、まるで大きな洗濯機のようだ。
どうしてだろうか。早く冷えた飲み物を飲みたいのに、何故かこんなにも心が揺らいでしまう。
君も同じようだった。
ジュースには糖分が含まれているので喉の渇きを助長しやすいというのを聞いてから、私たちは自動販売機の前に佇む時間が少し伸びた気がする。
飲んだ瞬間の満足感と、その後に響く幸福感を天秤にかけるのだ。
君が自動販売機にお金を入れてボタンを押す仕草が、妙に好きだった。
左利きだから酷く入れ辛そうな顔をしているのが面白くて、でもかわいそうで、代わりに私がお金を入れる事もあった。
愛の共同作業だねと言って、頭を小突かれる事もあった。
馬鹿、と目の下を赤らめる君が好きで、なかなか辞められない悪い癖だ。
屈んだ君がポケットから取り出したのは、緑色のフィルムが貼られたペットボトルだった。
いつもそうだった。
私が欲に負けてジュースを買ってしまうから、君はいつもお茶を買う羽目になるんだ。
別に私から頼んだわけではないけれど、二人とも半分こしたいと思っているからそれでよかった。
取り出されたペットボトルは既に少し汗を掻いていたけれど、君のそれとは違って少しだけ綺麗に見えたのは内緒だ。
ベンチに向かう君についていく。
もう君の汗かペットボトルの汗か分からないような水滴が、君のズボンの膝辺りを濡らした。
だから、タオルを持っていこうって言ってたのに。
君は私の話を全然聞かないし、あまり聞こうともしない。
最近は、一段とぼーっとしているようだった。
太陽の熱をふんだんに蓄えたベンチは、とても熱そうだった。
彼が握りしめるペットボトルが、どんどん冷気を失っていく。
幸い、私は人よりも手が冷たいらしかった。
彼がペットボトルを握る手に、そっと両手を重ねてこう言った。
゛愛の共同作業だね。゛
なかなか君からの言葉が返ってこなくて、少しだけ両手に力を込めた。
待っている時間が10秒にも1時間にも感じられて、なんだか不思議だった。
「・・・・・・馬鹿。」
返ってきた声はいつもより小さくて、目の下が赤いのは同じなのに、何かが少しだけ違うようだった。
馬鹿でごめんね。
私はゆっくりとペットボトルから手を放し、君の中に冷えた液体が注がれていくのを黙って眺めていた。
君がいる夏 甘味料 @kama-boko3
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