罪と罰

「申し、申し。メイイ先生はおられますかね」


 頭巾を目深に被った男が医院の戸を叩いた。それに対して医師の見習いらしき者が、キィとうっすらと戸を開けてボソボソとした声で答える。


「申し訳ございません。メイイ先生はご不在で」

「いやそんなことあるまいに、先程大きな馬車で入っていかれたのをみましたぞ」


 頭巾をの男は扉を閉められないように足を差し込んで、抗議する。すると見習いはしどろもどろになり「いや……あれは……」とボソボソと言い訳を繕おうとした。


「うるせぇ。通るぞ」


 そう声が聞こえると、戸はグイッと力ずくで開けられ、見習いは腹を殴られて気絶した。


「キドウ。そんな乱暴な」

「お前がメイイに逢えさえすればどうにかするったから、手っ取り早くしたまでだ。さっさと行くぞ」


 キドウはそう言うとドサドサと医院の敷地に入り込んだ。 


 入口での一悶着が響いたのか建物の中から、おでこが広い、というか前髪の寂しくなった男が出てきた。丸顔で丸メガネをしているため、おおらかな印象の顔立ちだが、男は棘のある声で言う。 


「なんだなんだ、騒がしいぞ。うるさい平民ならさっさと断ってこいと言ったず……」

「よお、覚えてっか」


 キドウが片手をあげ、雑に挨拶をする。


「ふん、いつぞやの平民か。金はできたのか?」

「金貨300。ここにある」


 キドウはそういって巾着袋を投げた。


「たった300? ふん、たらんなあ」

「なに!てめぇが指定した金額だろよ!クソ野郎」

「平民というのは学がないから困る。物の相場とは常に変わる物。先日は薬が潤沢あったから金貨300と言ったが、いまは、御領主様の治療で使い切って手持ちが少ない。だから、あと金200はいるな」

「……」


 キドウは黙ってミトを見つめる。


「なんだ……どうした?わしの治療を待つ者はまだまだ沢山いるのだ。金のない貴様らごときに割く時間などない。分かったらさっさと帰れ」

「メイイ殿。物には相場があると言ったな。確かにそうだ。もっともだ。」


 ミトは俯いたまま語り始める。


「だが、世の中には価値の変わらぬ物もあるのではないか?……例えばそう人の命とか」

「なんだ貴様は?」


 メイイが訝しげに訊ねる。


「メイイ殿。貴方は素晴らしい技術をもった人間だ。私もそれを認めよう。しかしな、医師とはなんだろうな? 人を治療する術をもてば、医師たるのか?」

「当たり前だ、人を治せず何が医師だ」

「ならば問おう。平民だからといって目の前の者を治さない。救おうとしない。貴様は医師か? 法外な金を要求し救える者に手を差し伸べない。貴様は医師か?」

「うるさいぞ、下民ごときが! 命には救うべき順序というものがあるのだ! それを決めるのは医師の義務だ! 貴様に医師のことがわかるのか!」

「ああ、医師のことはわからんな。しかし、人のことならわかる! 貴様が金と権力で目が見えなくなっている人間だということはわかる!」


 ミトはそう力強く言い、頭巾を脱ぎ捨てた。


「ミ、ミト第三皇子殿下……?」


 メイイはそう言うと腰が抜けたようにへたり込んだ。


「久しいのう……。いつぶりじゃ。いつぞや風を拗らせた時は世話になったなぁ」

「いやぁあのあの、あのぅ。今ですね。本当忙しくて。ほんと、ほんとにぃ」


 メイイは履き物も履かずにミトの足元に縋り付いて言い訳を繰り返している。

 そうしていると医院の屋根からサスケが「あらよっと」と飛び降りてきた。


「ミト様のコレご命令のヤツ」


 サスケはそう言うと1通の封筒をミトへ手渡した。


「ほうほう、貴様はこれから領主との茶会に参加するのかそれは……忙しいなぁ」


 ミトはニコリと笑う。メイイもつられて笑う。


「あはは、いいやぁ。それは断ろうかと……」

「しれものがっ!医師であろうものが救う命を身分で分けるなど言語道断。私自ら捌いてやる!」


 ミトはそう言ってメイイを足蹴にするとサスケから刀を受け取りスルリと鞘から抜き出した。


「ひいい、お許しを……ご慈悲を……」

「ご慈悲か……あると思うか?」

「そこをなんとか……」


 メイイが上目遣いでニンマリ笑う。


「ふざけるな!貴様はこの場で切って捨てる!」


 メイイはひゃあと情けない声を上げる逃げ出そうとするが腰が抜けたのかその場でもがき苦しんでいる。

 ミトはそこに向かい刃を振り下ろし、ぴたりとメイイの首元で止めた


「と、言いたいところだが貴様の腕、切るには惜しい。この者の妹の治療をしろ。さすれば今回だけ見逃そう」

「このメイイ、全身全霊、身命を賭して治療にあたらせていただきますぅ」

「わかったらさっさと支度をしろ!」

「はい!」


 メイイが泣き叫ぶように返事をすると医院の中へ駆け込んでいった。


「あんた、いやあなた様のは第三皇子殿下でしたか」


 ミトが振り返るとキドウは首を垂れ跪いていた。


「すまん。身分を偽った」

「いえ、こちらこそこれまで、散々のご無礼を働きました。これまでのご無礼許して欲しいとは言わねぇです。切られても文句はねぇです……」


 キドウは更に首を深くして続ける。


「それに……ここで殿下に無礼が許されたところで、チヨのためとはいえ、俺がこれまで沢山の人を傷つけた罪が消えるわけじゃねぇですから。だから、俺は罰を受けなきゃならねぇ。ひと思いに切ってくださいせぇな」

「なにか言い残すことは?」

「心残りとしては病の治ったチヨに俺の顔を存分に見せてやりたかったが、だが仕方ねえ。それが俺の罪に対する一番の罰です。…………だだ……ただもし許されるなら、チヨに『沢山色んなものを見て大きくなれよっ!』て最後に言ってやりたかったですかね」

「わかった。伝えよう」


 ミトはそう言うと刀を大上段に構える。


「ありがとう……ございます」


キドウは両の拳ををぎゅっと握りしめてめをつぶった。


「では、いくぞ!」


 びゅうと音がして刀を振り下ろされる。

 皮一枚。

 キドウの首は皮一枚だけ切られて血がうっすら滲んでいた。


「……なんで? なんでですかい? なぜ俺を切らないんですか」


 キドウはミトを見上げ訊ねる。


「切ったさ。貴様の邪念。この私が切り落とした。もうお前は二度と悪の道へと落ちることはない」

「……そう……そうでふか……」


 キドウは再び首を深く垂れる。


 そのときアルルがチヨ、手をとって入ってきた。チヨはキドウを見つけるとアルルの手を振り払ってとてとてと駆け寄り、心配そうにキドウの顔を覗き込む。


「兄っちゃ? 兄ッちゃ泣いてるの?」

「……っ馬鹿野郎。、兄っちゃは泣かねえよぉ。世界一つええ男だからヨォ」


 キドウはそう言いながら大粒の涙を溢した。


「また一雨来たようだな」


 ミトはそう呟いた。

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