戦争

槻木 友

戦争

「今朝未明、現地時間では午後8時頃、ロンドン市内の複数の場所で同時多発テロが発生いたしました。」

昨日は和やかな雰囲気で話していたアナウンサーが神妙な顔持ちでニュースを読み上げる。


朝、シャワーを浴び、着替え、歯を磨いて、食事を準備し、ダイニングテーブルに座る。

そして、並んだ朝食を静かに食べる。

先ほど浴びたシャワーの熱が手に残っており、それが両手に持った

フォークとナイフに伝搬していく。


結婚後に持った、マイホームに響くのはテレビの音と窓を打ち付ける雨音のみ。

今日は朝から強い雨が降っている。


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良子と結婚したのはちょうど三年前だ。

会話を交わすことはほとんどなくなっている。


出会いは一夜の契りのみ。

昨日まで他人だったひとだった。


僕には、男兄弟しかいない。

中高は男子校。

大学は理系大学で体育会系。

ほとんど女性と接することがなかった。


大学卒業後は大手金融機関に勤めることになった。

いわゆる、「体育会枠」。

先に卒業した先輩に赤坂の料亭に呼ばれ、行くと人事部長がいた。

もちろんその人も先輩だ。

思い出話に相槌を打ちつづけ、2時間の会食は終わった。

その一ヶ月後、内定の電話が来た。


一ヶ月の研修を終え、その後支店に配属される。

営業として20時まで働き、その後は部署の先輩と新橋に飲みにいく。

そんな日々が始まった。


そこで初めて女を覚えた。

新橋の飲み屋で2時間ほど時間を潰し、その後立ち飲みのアイリッシュパブに

いく。

そこでこちらの人数と同じ人数の女性の手段を探し声をかける。

そして、各々好みの女性と一夜を過ごす。


初めての夜は朧げに覚えている。

言われるがままシャワーを浴び、行為が始まり何をすればいいのかわからずわけもなくずっと天井の一点を見ていた気がする。

そうやって童貞を卒業した。


女性を今まで知らなかった僕はとりあえず言われるがまま先輩について行き、酒を飲み、ホテルで毎回違う女を抱きつづけた。

気づけばそれが僕にとって、女の愛し方になっていた。


そうやって月日を過ごしていたある日

「妊娠しちゃったの」

と言われた。

そして、その人と結婚することにした。

それが良子だった。

特に愛してもいなかったが、体裁もあり結婚することとなった。


父になるという実感は最初はなかったが、良子のお腹が大きくなるにつれ徐々に期待感が増していった。

僕と良子の絆もそれに比例して大きくなっていった。

生まれてくる子供の名前、どんな子に育って欲しいか、そして育てていきたいか。

僕らは語り合った。


時が過ぎ、僕が仕事をしていたある日。

突然良子の母から電話が来た。

結婚の挨拶でしか言葉を交わしたことがなかったので、何事かと思い電話に出ると、

「良子が倒れた。」

そう告げられた。

そして翌朝、良子は流産した。


次の日から僕と良子は言葉を交わさなくなった。

思えばお腹の子が結びつけていただけの関係である。

それを失えば、2人の間には何もない。


僕らは同じ家に住みながらも別々の時間帯で時を過ごすようになった。

僕は夜更けに家に帰り、朝早く家を出ていく。

良子は夜に家を出て、昼に家に帰る。

僕らはすれ違い、会うことは無くなっていた。


そんな日々を過ごしていたある日、僕に事例がおり部署が変わることとなった。

部長の娘に手を出してしまったからだ。

飲み屋で出会い、知り合い、夜を過ごした女性が部長の娘だった。

朝帰りしたことを、問い詰められ明るみに出たらしい。


僕は、朝8時に出社して、17時までただ机に座る生活になった。

その部署では付き合いもなく、17時に仕事を終えると真っ先に帰ることになる。


夕方、帰宅ラッシュの電車に乗り、駅から家までの帰路につく。

家路を歩いていると制服姿の男女がいた。

2人は腕を組み合い、仲睦まじくしていた。

2人の口元には皺がより、口は閉じず、ずっと笑い合っていた。

楽しそうであった。

しばらく歩くと2人は一緒に予備校の入り口に入っていった。


高校生の頃、予備校に行くと1組の仲良さそうな男女が、休憩スペースにいつもいた。

体を寄せ合い、楽しげな表情をいつも浮かべていた。

最初は特に関心も持たず横目に通り過ぎるだけだったが、次第に苛立ってくるようになった。

そして、耐えきれず事務の人に相談すると、注意を受けたのか、翌日から2人でいることは無くなった。

最初は自習室で見かけることもあったが、また注意されたのか予備校で見かけることは無くなった。

3月、合格を伝えに予備校におとづれた時、合格者の中に2人の名前はなかった。


途中で食材を買いにスーパーに寄った後、家に着いた。

2つの鍵穴をあけ、ドアを引き中に入った。

靴を脱ごうと、下を見るとそこには見知らぬ靴があった。

男の靴だった。

そして、リビングの方からかすかに声が聞こえた。

良子の声だった。


叩きつけるように靴を脱ぎ捨て、廊下を駆けリビングの扉をひき、中に入った。

そこには男にまたがる良子がいた。


良子は体を上下に揺らしながら喘ぐ。

上下の動きは次第に速くなり、良子の声量がふくらむ。

男も耐えきれず声をあげだす。

2人の声が重なる。


「――――。」

声が止まった。


良子は昇天した。

男は昇天した。

僕は2人を見ていた。


良子は力つき、男に覆い被さる。

そして顔を横に向けると目があった。

良子の黒目は一切動かずかず僕をじっと見つめている。

良子の目に一切の澱みはない。


いつの間にか持っていた牛刀で2人の方に僕は足を運んでいったーーーーー。


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篠突く雨の音は弱まることを知らない。

僕はいつもと変わらぬ朝食を、淡々と口に運ぶ。

朝は時間がなく、決まってトーストと簡単なスクランブルエッグを用意する。

いつもと変わらない朝。

違うのは、口に運ぶたびにかおる、手に染み付いた鉄のにおい。


朝食を食べ終え、静かにフォークとナイフを置いた時、サイレンの音が聞こえる。

複数来たのだろうか、各々の車両がだすサイレンの音が共鳴し、雨音をかき消した。


テレビでは変わらずテロの報道をしていた。

テレビでテロの報道を見たのはいつ以来だろうか。

日本でテロの報道を、見かけることは少ない。

しかし、毎日世界中のどこかしらでテロが起こっているらしい。

僕の知らないところで、憎悪の雨が降り続けて大きな水たまりになっていく。




ーあとがきー

ご一読いただき誠にありがとうございます。

今回の小説のタイトルには「戦争」とつけました。


世界には毎日数えきれない憎悪や妬みが積み上がっています。

一つ一つは小さくてもつもりにつもり、こぼれた時に「暴力」が生まれると思っています。


一つ一つは小さいかもしれませんが、大きな塊になると制御しきれなくなります。

そして、「暴力」の担い手が生まれます。

担い手の中にはそれを正義とすることができる人がいます。

かつてのヒトラーはそうだったのではないでしょうか。

そして、今ロシアにもそんな男がいます。


私たちはそういう人間でなかっただけでもしかすると彼らと同じなのかもしれません。

しかし、歴史の中には憎悪や妬みに対し、「非暴力」を唱い、戦いに勝った人たちがいます。

キング牧師やガンジーです。


幸いなことに、我々は日本という国にいます。

戦争がない平和な時代が1世紀になろうとしています。

しかし、まさに今この時にウクライナでは悲しい暴力が生まれているのです。


時代が進み、私たちにはSNSが生まれました。

小さくとも、一個人が言葉を発することができます。


だから、私たちは「言葉」で暴力と戦いましょう。

「非暴力」を誓う国の一員として。

「言葉」を綴りましょう。


僭越ながら言葉を綴るものとして、生意気ながら世間にお願いしたく思います。

平和の光が世界に溢れますように。


ご静聴ありがとうございました。

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