第7話
「早かったんだね、ありがとう」
本当は、俺に出来ることなんてほとんどなくて、自分の使ってるのと同じアプリをダウンロードして、ちょっとしたチュートリアル的なものに付き合って、それでお終いなんだ。
何にも分かっていない彼女は、真剣に話しを聞いている。
俺はその横顔に少し罪悪感を覚える。
実際に使ってみないと分からないからとかなんだとか、知ったような知らないような話しをして、何か役に立ったのかな。
彼女の白く細い指が画面を滑る。
その指は本当に、普通の女の子に思えた。
「お芝居とか好きなの? 演劇部って」
「ううん。私は友達が最初に入ってて、それで人が足りないから手伝ってって。だから、裏方専門なの」
傾けた耳元から、髪はさらさらとこぼれ落ちる。
頬にかかるそれをすくい上げる瞬間を、俺がいまカメラを持っていたら、きっと撮影しただろうなと思った。
「今はスマホでも……随分性能いいから……。容量はないけど、動画とかも普通に撮れるし……」
「普通にね」
「うん。普通に」
目と目があって、微笑む。
彼女は学校SNSの、写真部タイムラインを遡り始めた。
「この中に、圭吾の撮影した画像もある?」
「うん、あるよ」
「どれ?」
小さな画面に額を寄せ合う。
彼女のスマホの、その滑らかな肌に触れた。
「これと、これ。あ、これもかな?」
写真部の主な活動範囲は、校内だ。
そこなら腕章をつけてさえいれば、文句を言われることも少ない。
部員がそれぞれに選んだ校内の画像が、次々とスマホのなかで入れ替わる。
調子よく流されていた画面の、その動きを彼女の指はふいに止めた。
「ねぇ、これはどこを撮してるの?」
「あぁ、これは正門横の第一校舎、2階資料室で……」
「資料室?」
昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。
もう教室に帰らないと。
「行こっか」
そう言った俺と、彼女の視線がぶつかる。
「……。あっ、ちょ……。ま……。では頼む」
ガタリと勢いよく、彼女は立ち上がった。
その反動で椅子がひっくり返る。
そのことに一切動じる様子を見せないまま、彼女は俺を見下ろした。
「どうした。行くぞ。案内いたせ」
だらりと肩からぶら下がった両腕が、スマホストラップのように揺れた。
「案内って、どこへ?」
「どことはなんだ。その中に写されたば……って、もう昼休み終わっちゃうよね。教室戻らないと。あははは……」
倒した椅子を慌てて戻すと、彼女は俺に手を振った。
「じゃ、また放課後ね!」
小走りで廊下を曲がってゆく。
俺は完全に言葉を失ったまま、その背中を見送った。
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