未定

杉本なり

.


 玄関を開けるとヤギがいた。

しかも家周辺のゴミを片っ端から貪っているではないか。




「ちょっと、紡(つむぐ)」




ヤギのあまりの食いっぷりに呆然と立ち尽くしていると背後から怒気を含んだ声で名前を呼ばれた。

振り返ると母親が、薄い眉を吊り上げて私を睨み付けている。我が母ながら般若のようだ。





「...ヤギにゴミを食べさせないで、死んだらどうするの」




母は無表情でムシャムシャと口を動かすヤギを一瞥するとそれを器用に避け、購入して5年目のくせにまあまあ状態の良い車に乗り込みそのまま家を出て行った。



何故朝っぱらから叱られなければならないのだ。全責任はヤギにあるだろう。しかもこのヤギはペットでもなければ家畜でもない、所謂他ヤギなのだ。他ヤギがどうなろうと知ったこっちゃない。



脳内でぶつくさ文句垂れながら私は渋々ヤギの口許に手を伸ばした。

咀嚼しているゴミを力一杯引っ張ったが貧弱そうな子ヤギの噛む力にも敵わない非力な私が出来上がってしまった。傍から見なくてもさぞ滑稽だろう。




「ぷぷぷ、紡さん。人間の友達がいないからヤギと遊んでいるんですかー」


「...チッ」




顔を見なくとも奴が小憎たらしい顔をしているのは安易に想像出来る。



私のジャブ程度の舌打ちに「おー怖い怖い」とわざとらしく震える動作をし慌ただしく家を出て行った静(しずか)は中学年に進級し生意気小僧に成り果ててしまった。昔は紡ネエと私に引っ付いて離れろと言っても離れなかったくせに、時の流れとはつくづく非情なものだ。




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未定 杉本なり @sugimotonari

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