二刀流の女剣士、両刀使いの女剣士に目をつけられる

川木

二刀流の女剣士

 近頃、町で噂が流れていた。西からやってきた女剣士が自分より強い者を求めて、方々に喧嘩を売り回っていると。

 魔がはびこる現代において、剣をもつのに男も女もない。とは言え、生まれ故郷を捨てて剣の腕一つで旅をする女剣士はそうありふれたものではない。

 まして腕自慢とはいえ、やたらめったら喧嘩を売って回るとなると噂になるのも仕方ないのだろうか。


 そう思っていたのだが、本人を目にして坂本薫子はなるほど、と合点が言った。噂になったのは単に物珍しいからだけではない。それ以上に、美しい女だったからだ。

 ひとまとめに後ろで結ばれた烏の濡羽色をした美しい髪はもちろん、はっとするほど怜悧な目元に通った鼻筋、薄い口元も品がよく、美貌の女剣士と言えば誰もが思い浮かべる理想像と言ってもおかしくないほど美しい女だった。


「……こんなものか。これで勝負ありだ。文句はないな」

「ちっ。そんだけ強いなら、ケチな小銭稼ぐなよな」


 剣を飛ばされ、文句のつけようもなく敗北した男は舌打ちをしながら小さな巾着を女に投げつけた。危なげなく受け取った女は小さく眉をしかめた。


「魔退治もしている。余暇で何をしようか自由だろう。私はただ、私より強い者を探しているだけだ」

「ひゅー! かーっこいー!」


 男が足早に立ち去る中、ぱちぱちぱち、とわざとらしく拍手をすると女はむっと薫子を振り向いた。


「何者だ」

「坂本薫子だけど。お役人じゃあるまいし、人を誰何するなら自分から名乗るべきじゃない?」

「私は長居葵だ。見世物ではないぞ」

「まあそう言わずに。噂の他所からきて暴れている女剣士ってあんたでしょ。二刀流なんだ。珍しいね」


 二刀流と言うだけで珍しい。単純にそれだけ金もかかるし、我流でなんとかするにも難易度が高くなる。さきほどの試合での剣のさえも見れば、女がどこか名のある剣術を学んでいる正当な剣士であることがうかがえる。

 だと言うのに、二刀流と言うことは噂になっていなかった。つまり剣よりやはり女そのものが話題になっていたと言うことだ。


 軽い調子で話しかける薫子に、葵は一息ついて柄物を納刀し雰囲気をゆるめて薫子に近づいた。


「噂になっているのか? 確かに、三月ほど前にきたばかりだが。お天道様に誓って、後ろめたいことなどしていない。私はただ、私より強い者を探しているだけだし、相手の了承もいただいて試合をしている」

「同じ女剣士として、話が聞きたいな。奢るからお茶でもしない?」

「いいだろう。腹ごなしは十分だ。このあたりの茶屋は上手い店が多いからな。期待しているぞ」


 人懐こい笑みを浮かべた葵に、薫子はにんまりと微笑み返して葵を連れて馴染みの茶屋へと向かった。軒先の席で茶団子を食べながら話をすると、剣を振っている時の凛とした雰囲気はどこへやら、口も軽く語ってくれた。


 葵は元々由緒正しい剣道場の末娘でそこそこ甘やかされつつも、父にも劣らぬ技術を身につけ、魔退治の専門家として、時には講師として大活躍をしていたらしい。

 諸事情で自分より強い者を探しているが地元では見つからず、この町まできたらしい。

 自分の生い立ちや好きな物なんかには口が軽いわりに、肝心のどうして強い者を探しているのかは濁されてしまった。


「ふーん。そんなに強いんだ?」

「ん? 私の試合を見ていただろう?」

「見てたけど、まさかあの程度の雑魚しか今まで見つけられなかったのかな?」

「……ふむ。確かに先ほどの男はそれほど腕の立つ男ではなかったが。だが向こうから挑んできたのだ。仕方ないだろう」

「向こうから挑まれた時も誰彼構わず試合を受けてるの?」

「いや、挑まれたのは初めてだ。そう言えば噂になっているのだったな。ふむ。効率が……あがってはいないのか? むしろ雑魚に絡まれることを思えば、非効率なのかもしれないな」


 喧嘩を売って回っている、と言う噂だったけど、逆に挑まれたのはあれが初めてだったようだ。

 勝負の際に葵が勝った場合は多少の金銭をいただき、負けた場合は一つどんな命令も聞くと約束して試合をしていると言っていたが、今まで挑まれていなかったからこそ一律でそんな不利な約束をしてきたのだろう。

 向こうからしてみれば多少の掛け金で、買ったらこの美貌を好きにできるのだから、よほどの男でなければ受けてみようと思わせるには十分だ。


「望むほどの強者に無理に相手をしてもらうなら、それくらいの交渉がないと無理かもしれないけど、それって負けたら大変じゃない? 遊郭に入れ、と言われたらどうするの」

「一応、声をかける前に数日様子をみて、悪人を選んでいないつもりだ。万が一選択を誤ったとして、さすがにそれほどの悪人なら、話は無効だろう。逃げるとも」

「じゃあ一晩を共にするだけならうけるんだ?」

「……それくらいならば、致し方なかろう」


 葵は頬を染めながらも大真面目に頷いた。思いのほか頭の弱い女だった、いや、もしかしてそれ以上に強者を探すのが重要なことなのかもしれない。

 薫子はふーん、と悪戯っぽい笑みを浮かべ、葵の顔を覗き込む。葵はむっとしながら、最後の団子を食べた。


「……少し話し過ぎたようだ。だが、私に勝つほどの強者はこの町にもいないようだ。あまり見知らぬ人物に挑まれるのも都合が悪い。薫子との縁もここまでだろう」

「まあまあ、待ちなよ。まだまだこの町には強者はいるよ。紹介してあげようか」

「む……ふむ。そんなにも強い人が?」


 にやにや笑いのままそう提案した薫子に、わずかに訝しそうにしながらも素直に興味をひかれたようで、腰の柄を撫でながら小首を傾げた。


「もちろん。期待をうらぎらないし、遊郭に売り飛ばす人格じゃないことも保証するよ」

「……そうか。薫子の話しぶり、短い時間だが気のいい御仁だと感じている。信じよう。紹介していただけないだろうか」

「私」

「は?」


 端的に答える薫子に、虚をつかれたように間の抜けた表情になる葵。美人の間抜け面は面白い、とくすくす笑いながら、薫子はさらにからかうように言葉を重ねる。


「わ、た、し。もしかして女が強いはずない、なんて旧時代的思想じゃないよね? 女剣士の葵ちゃん?」


 試合ができるよう、少し離れた場所まで移動する。と言ってもそんな都合のいい場所がそうそうあるわけではない。先ほど試合が行われていた場所とほど近い、川辺となった。


「ちなみに、もちろん今回も私が買ったら一つなんでも聞いてくれるんだよね?」

「むぅ。さっきの男もだが、自分から挑戦してきてそれはずるくないか?」

「でも自信があるならうける、だよね?」

「ふむ……よかろう! 勝敗はお互いが納得し、降参するまでだ。いいな? 長居二刀流剣士、長居葵、参る!」

「応えた! 私は両刀使いの坂本薫子! 来い!」


 明確な合図はなく、お互い名乗って目配せでだったが、ほぼ同時に剣は抜かれた。

 魔を払う為の剣は人に触れただけでは切れぬようになっているが、それでも金属の刃なのだ。本気でぶつかれば怪我では済まない。向かい合えば、ちりちりと背筋が粟立ち、互いの力量が肌で伝わってくる。


「はぁっ!」


 先に仕掛けたのは薫子だ。普通より大きな両刃の剣で重さのある分、その切っ先の速さは驚くほどだ。だが当然、それをただ待つ葵ではない。葵はその剣をかいくぐるように前に踏み込み、ながら左の剣で薫子の刃が追撃するのをふせぎつつ、振り向き様に右の刀で薫子の胴を狙う。


「ふっ」

「っらぁ!」


 鋭い呼気と同様に独楽回しのような素早さで襲い来る右刀を柄ではじき、押し返す勢いで身を低くして飛び上がるようにしてそのまま葵を狙う。

 二刀流は手数に置いては有利だが、こめられる強さにはどうしたって限界がある。

 だが葵はそれを読んでいたように、はじかれた勢いにのるようにして一歩下がり、飛び込んでくるであろう薫子を迎撃するため左刀をふりあげた。


「!? なにっ、うわっ!?」


 しかしその瞬間、葵の目の前に踏み込んだ薫子の左手側、意識してなかった側からふいに飛び込んできた砂粒に思わず声をあげた瞬間、足の真ん中から足払いをしかけられて想定外の力に姿勢を崩した。

 その瞬間も砂で目は見えないが何とか構えて直撃を避けようとした。だが薫子はそれを無視して、大きな音を立てながら葵の腹に間違いのない一撃をあてた。


「ぐっ」


 痛みの中何とか開けた片目の視界に、地面に転がる薫子の剣と、みぞおちに食い込む薫子の拳がうつった。それからはあっと言う間に組み伏せられてしまい、決着がついた。


「お、お前! 砂は百歩譲ったとして、剣で足払いをするわ、あげくに拳と寝技で倒すって、それはさすがに剣士の戦い方じゃないだろう!」


 負け犬が吠えているが、関節をきめられている葵は降参を連呼していたので決着は覆らない。


「魔との戦いでは素手はほぼ意味がないから、今の剣士の主流ではないのは確かだよね。今までもみんなそうだった? でもこれは、あくまで人と人の戦いだよね。剣士が剣以外を使ってはいけない決まりもないはずだよ」

「ぐぐぐ、いいだろう。なんでも命令するがいい!」

「そうこなくちゃ! じゃあ、今晩よろしくね」

「え?」

「名乗ったよね? 両刀使いだって」

「え……」


 と言うことで、未だ間接技の痛みの残る葵をつれて薫子は連れ込み宿へやってきた。一応しきられていて個室になっているだけだが、行為をするには十分だ。


「ま、待て。確かに一晩くらいならば致し方ない、とは言ったが、それはだな、言葉のあやと言うか。と言うか女同士ではないか!」

「女同士とか今時ありでしょ。遊女同士の秘密の恋とか流行ったじゃん?」

「え? そ、そうなのか?」


 困惑する葵は堂々としている薫子に流される様に刀を外され、あわてて手を伸ばすも壁際に追い込まれてしまう。実力行使で逃げ出したいが、手を掴まれると先ほどの関節技の記憶がよみがえる。体術が一切できないわけではないが、屋外での流れるような薫子の技には太刀打ちできる気がしない。

 そうしてどうやって止めるべきか、と悩む葵に構わず、薫子は笑顔のままさっさと葵の帯紐に手をかける。


「まあまあ葵が知らなくてもあるから。女同士の方がわかりあってて気持ちよくなれるしさ。おぼこでもないんだから、子供できない分、気楽に楽しもうよ」

「や、やめろ! 私はまだ処女だ!」

「え? でも負けたら抱かれる覚悟だったんでしょ?」

「それはだから……抱かれたら、そいつに嫁ぐつもりだったんだ!」


 とりあえず服を脱がすのをやめて話を聞くと、ぼかされた強者を探す理由だが、そろそろ所帯をもてと親に言われたが自分より弱い男ばかりで全然そんな気にならないため、相手を探すための旅だったらしい。

 なんだその、蛮族のような理由は。現代において勝手に挑んできたから手込めにしただけで強制嫁取りとか怖すぎるだろ。

 あとさらっと親から何年かかってもいいし、どこの相手に嫁いでもいいと言われているのも、明らかに厄介払いされているから明るく言わないでほしい。可愛がられてた末っ子と言う自己申告を知っている分悲しくなる。


「だから、悪いが女の薫子に抱かれるつもりはない。約束を破ってしまうのはすまないが、他の命令にしてくれないか?」

「うーん、そもそもね。今時処女じゃないと結婚できないとかないし、大丈夫大丈夫」

「何も大丈夫では――!」


 これ以上拒否する理由はなさそうだし、完全に気持ちがそうなってしまっているので今更やめれるはずもない。そもそも本当に無理ならあっさり宿までついてきた方が悪い。

 と言う訳でさっさと唇をあわせる。顔を掴んで唇を合わせ、葵が気持ちよくなるように優しくする。しばし可愛がってから唇を離すと、葵は光る橋を口の端に渡しながらも、真っ赤でどこかぼんやりした妖艶な表情になっていた。


「気持ちよかったでしょ? もっと気持ちよくしてあげるから、はい、力抜いて」

「んんっ、だ、だめだっ。ぜんぜん、きもちよくなんかない!」


 もうすでに声がとろけているのに、強情な。内心舌打ちしながら、薫子は子供をなだめる様によしよしと撫でながら猫なで声をだす。


「じゃあ、勝負だ。葵ちゃんの大好きな勝負で決めよっか」

「しょう、ぶ?」

「今から、上をはだけさせるね。その状態で私ができるだけ可愛がって、気持ちよくなったら負け。最後までするね。どう?」

「う……」

「大事なところは着たままなんだから、これなら勝てば処女を守れるよ。それとも、また命令拒否? 葵はそうやって簡単に勝負の結果から逃げるんだね」

「! ぶ、侮辱するな! いいだろう。好きにするがいい。だが、私は絶対に屈しないからな!」


 勝負に不安げだった葵だが、ちょっと挑発するとめちゃくちゃ簡単にのってきた。こんなにちょろくてよく無事だったものだ。よほど勝負をしかける相手を見定め、相手が剣での勝負にこだわった理性的な剣士ばかりだったのだろう。

 そして始まった勝負だが、剣での勝負よりすぐに勝敗がついたのは言うまでもない。


「こうさん! こうさん! もうこうさんだからぁ!」


 もちろん降参している葵に手加減してあげる必要はないので、それからたっぷり二回分のつもりで可愛がった。

 そして翌日。気をやってしまって一晩寝ていた葵は、目を覚ますなり薫子を叩き起こし、責任をとれと喚いた。


「いや、勝ったって言っても剣の腕で勝ったわけじゃないし……私じゃ釣り合わないんじゃないかな?」


 まさか女同士で、とか言いながら責任をとらされると思っていなかった薫子はそう嘯く。生まれの差はありそうだが、実質放逐されている葵なのでつり合いなんてないようなものだが、本人に自覚はないようなのでそれで納得してもらいたい。


「黙れ。寝所でも負けた私に他に選択肢はない。それとも……私はそんなに魅力がないのか?」

「……そ、それはずるいなぁ」


 強気に宣言してから、真っ赤になって泣きそうな顔で聞いてくるので、結婚するほどの魅力はないです。などと言えるはずもない。

 なんせ一目で気に入ってなんとか持ち込みたいと思うくらいには顔も好みだし、昨夜の反応もとてもよかった、と実のところ、とても好みの女だったからだ。

 さすがに会ったばかりだし、ちょっと夢見がちでめんどくさいが、それだけで無下に突き放せるほど薫子は情のない女ではなかった。


「でもほら、女同士ではお奉行様も申請を受け入れてくれないんじゃないかな」

「今時は律儀に申請せずとも、共に夫婦として暮らして実質的に結婚する、と言うのも珍しくないと父から聞き及んでいる。薫子が女なのは致し方ない。私はそれでも構わないぞ」

「……」


 そう言うのはちゃんと現代の世俗にあわせるのかよ! と思いながらも、もうこれ逃げられないな、と覚悟を決めるのだった。


 その後、何だかんだ幸せな結婚生活を送るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二刀流の女剣士、両刀使いの女剣士に目をつけられる 川木 @kspan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ