さよなら
それまで生きてきたぼくのすべてがじつのところ虚像であったと判明したのは、高二にあがる春だった。
きっかけがなんだったかなんて、もう忘れてしまって。
苦手な先生のしかめ面だったり、
返ってこなかった挨拶だったり、
妹がここ最近家に帰らないだったり、
父が母を殴るとかだったり、
ぼくも殴られたり、
まぁ、ぼくが殴られるのは、がまんすればいいだけなんだけど。
きっかけは、きっとそんなほんの小さな、けど、お腹の奥に重いなにかが落ちるようなできごとだったに違いないんだけど。
「あれ?」
それまで引き伸ばしに伸ばしていた『愛』が
プツン
音を立てて切れたみたいだった。
もう、愛想でなくたって笑うこともできなくて。けど笑顔のないボランティアなんてお節介でしかなくて。
僕は中学生からつづけていたボランティア部を少し休もうと考えた。
少し、だ。またすぐ、
だれにでも愛を
だれにでも親切を
だれにでも笑顔を
できるようになるだろうから。
けれど顧問の先生はいったんだ。
まぁ、仕方がないんだけど。
それはぼくのキャパシティてのが…
「愛がないんだね」
あれ?
愛が、ないのか。
ぼくは。
そうだったのか。
キャパシティの問題じゃない。
これは由々しい。
愛のない人は
神様に愛されない。
そうか…
ぼくは翌日はじめて、学校を休んだ。
起きることが、できなかった。
なにが起きたのかわからないんだけど起きることができなくて、夜中に起きて。そんなだからやっぱり仕方ないんだけど父親には殴られて。
幼稚園から通っていた名門らしいミッションスクールからは転学依頼書が届いて。母親は泣きながらお祈りをくりかえしていたけどもうどうしようもなくて。
たくさんの薬をもらってもなんの効果もなくて。
「ぼく…」
転学依頼書を提出しにいった最後の登校日。
葉桜が揺れる四月の終わり。
ものごころついた頃から見上げてきた礼拝堂の十字架を見上げていた。
こんなにがんばって生きてきた、のにな。
『つもり』
でしかなかったのか。
けど精一杯だった。
だれにでも愛を
だれにでも親切を
だれにでも笑顔を
だれにでも
だれにでも
だれにでも
ああ、もう、疲れた…
目の奥が熱くて
結んだ口元がわなわな震えて、
殴られつづけたお腹より
気持ちの奥がしくしく傷んで、
神様ごめんなさい。
ダメでした。
がんばってみたんですが、
ダメでした。
疲れました。
「ぼくはもう、だれのことも、ぜったい…ぜったいに…愛さないと誓い…ますっ、」
学校をでるとぼくはその足で、マリンブルーの列車に飛びのり、意味がほしくてじつはなんの意味もなかった十六年間をすごした、湘南の海をあとにした。
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