...

 「ん〜、」

お腹のあたりで、もそもそ、小さな生き物の気配。

 そういえばこの生き物は、ぼくが寮に来てからひとりで眠ったことがない。


 いや、それはネコがぼくを心配? しているからに違いない。寮に慣れるまで。いつも仕方がないとかなんとかいってるじゃないか。


 不安をふり払うように、ぼくは布団を頭から被り、目覚ましが鳴るのを待った。






 「うわ、すっげ!」

 学校へ向かう途中、漁業道路から海を望む。

 「フーッ!」

ネコが楽しそうに声を上げる。


 いや! いやいや!


 海はまったく、楽しいって様相ではなかった。

 一晩中煽られた波は大きな生き物になって、ザアザア、絶え間なく浜に押しよせる。

 遥か、沖から。

 近づくもの容赦なく呑み込むように

 グワァッ、

 と、ほれ上がり、


 バァンッ ドンッ


 轟音とともに浜の一歩手前で一気に崩れ落ちる。

 きっと、あの波が崩れるのをまともに受けたら、生きては帰れない。

 いつもは海の中で見かける大人たちも、漁業道路や駐車場に、波を見に集まっていた。

 「ダブル、」

うしろではボードにワックスを塗っているお兄さんたちがそう、ワクワクした様子ではなしている。

 入るつもりだろうか。こんな海へ。様子を見ていると、ポン、と背中を叩かれた。

「クローズ、アウト」

天さんだった。

 うしろでお兄さんたちの、ワックスを塗る手がとまった。


 放課後になるころには、赤いヘリコプターが多々戸浜の上を、いったりきたりしていた。




 だれも海に入れない日は、みんな談話室ですごすようだった。

 「コータくん! 寮母さんが、チーズケーキ焼いたって!」

月子さんと冴子さんも談話室へ上がってくる。

 天さんが、いつぞやのキャンピングカーであのお父さんが爪弾いていたものと同じ、小さなギターみたいな楽器を手に、雪さんと入ってくる。

 「ちょっとちょっと、コータ。ウクレレ、て、いってよ。ほんとに湘南出身?」

て、笑っている。

 「ジュンはさぁ〜、面談だって。ケーキ、キープしとけとか、マジウザい。アタシあんたのなんでもねーから、て」

きょうは気分がいいのか、珍しくマナさんも嬉しそうに上がってくる。

 ジュンはマナさんと連休明けの予備期間に寮に戻ってきたはずだ。そう気づくけど、だれもなにもいわないから、ぼくも思いださなかったことにした。


 「わぁぁ!」

寮母さんが、どうやらお手伝いをしていたらしいユウトを従えて、大ぶりなチーズケーキを三ホールも! 持って現れた。

 「すっごーい!」

すごい! こんな大きなケーキを、ぼくは見たことがなくて、見せるだれかがいるわけでもないのに思わずスマートフォンで写真を撮る。

 歓声に、ユウトもドヤ顔だ。

「レオはかわいそうだなぁ〜。ぼくのケーキを味見できないなんて!」

なんて、いかにも嘆かわしい、みたいに首をふっている。ユウトにだってあの凶悪な目つきで接しているであろうレオに鍛えられたのか、ユウトは日々逞しく成長していた。ありがとう、レオ、て、


 あれ、そういえば、レオは?


 「カイトさんのお店で、お仕事してます」


 仕事? え、まさかバイト?

 え、ほんとにもらわれてっちゃったの⁉︎


 「あの人、人買いだから」

天さんが、奥のソファにふんぞり返って愉快そうに笑っている。ウクレレを抱えつつ器用に雪さんの肩を抱きながら。

 が、ハッ、と、

 「つか、ネコはどうした?」

それが一番心配だろ、て、顔で身をのりだしてきた。


 あ、ネコは、ひろみ先生と居残りです。


 ネコはきょう、ババァに渡すクッキーをつくるために、学校の調理室に残っていた。

 「あぁ〜…」

察したのか、天さんは曖昧に頷くとまたソファに身体を埋めた。

 「金曜だっけ?」

ネコの面談が、あさってに、迫っていた。

 「はは。なんだ、コータ」

情けない顔をしていたのかもしれない。ぼくが小さく頷くのを見ると、天さんは、ニヤ、と笑った。

「そんな顔すんな。また、お土産持ってくんじゃない?」

 「さぁさぁ、」

寮母さんが手を叩く。

「わたしたちも、いただきましょう!」

 「はい! はいはい! いただきます!」

谷川先生が勢いよく、手を挙げる。

 「あ! ぼく、切ります!」

寮母さんとユウトが、チーズケーキをみんなに切りわけてくれる。

 ネコとレオ、ジュンのケーキは、かわいらしいペーパーボックスに取り分けられてきちんと、ぼくとユウト、マナさんに託された。


 天さんがウクレレを爪弾くのを聴きながら、みんな思い思いだ。雑誌を読みたければ読む、ケーキをおかわりしたければする、眠たければうたた寝をする、おしゃべりしたければ適当に相手を捕まえる。

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