第三十二話 商店予定地
取り敢えずこれで、重要な人材の確保は終わった。
経営戦略と接客の要、マシェラ。森林探索の案内と警護、カッツァトーレ。知名度と知識の提供および仕入れ担当、アラレスタ。経営戦略の中心プロテリア。
他にも沢山の人の協力を取り付けた。ようやく、店を始める準備が整い始めたんだ。
「でも、マシェラさんが意外とあっさり承諾してくれたからなぁ。この後の時間が余っちゃった。どうしよっか。今日は別口の案件を入れないことのしてたし」
あの後マシェラさんは、お兄さんにこのことを話すと言って帰った。販売はマシェラさんが担当しているけど、肉の仕入れに関してはお兄さんを相手にする。そのため、事前に話を通してくれるのだという。ありがたい限りだ。
家族での彼女の評価は非常に高く、確実に頷かせてみせると彼女は言っていた。
当然だろう。彼女の経営戦略がなければ、需要も低く扱いづらい大型の肉などは絶対に捌けない。いくら技術があろうとも、それを売るのは難しいのだ。
彼女のお兄さんには、後日カッツァトーレを紹介しようと思う。
元々森に罠を仕掛けて大型獣を捕獲していたそうだけど、カッツァトーレが一緒ならもっと森の奥深くまで入れるのだ。それに、森の獣には詳しい。より多くの商材を確保できると、期待している。
「あ、そうだ! エコテラさん、商店予定地を見に行くのはどうですか? 昨日エコノレさんが仕入れ先に話を付けて、もうみんな動き出してくれてるはずですよ!」
「あ~、そうしよっか! 今日はもう難しい話が出来る気力は残ってないし、それに私実際に予定地を見たわけじゃないしね。準備がどのくらい進んでるのか確認しに行かないと」
アラレスタに導かれ、私たちは歩き出す。目指す先は、住宅地側の入口だ。マーケットで一番人通りの多い地域でもある。肉屋はその場所にほど近い。
マシェラさんと話を付けられたこともあって、足取りはとても軽かった。少し歩くと、すぐに件の商店予定地が見えてくる。
「おぉ~、結構良い感じ! 様になってきたね」
一つ木の門をくぐると、そこには大量の商品群。野菜に米など、様々な品が木箱に入れられ保管されている。商店を始めるころには、肉や魚などの食品もここに集められることになる。
住宅地側の門から伸びる、大通りに直接面した最高の立地。これから大商店を築くのに最も適した場所だ。これも、エコノレ君の奮闘のおかげである。
実はこのマーケット、誰かが特定の土地を所有している訳ではなく、露店を出したい人が勝手に場所をとって、勝手に商品を売るという、とても自由な形式をとっているのだ。
だから、露店の場所は早い者勝ち。あとから来た新参は、住宅地から遠い隅っこで商店を開くしかないんだ。
しかしそれは許すまいとエコノレ君、見事な交渉術でこれを解決してくれた。
エコノレ君は、この場所にもとからいた露店の人を中心に、仕入れ先として契約していたんだ。仕入れの代金は露店の販売価格とそう変わらない。だから彼らは、この場所を手放したとしても何ら害にならないのだ。
けれど一小売業者として、ずっと特定の仕入れ先から商品を仕入れるのは良くない。それでは、他の生産者が市場に参入できないからだ。
エコノレ君も、それを知らないはずがない。逆にそれを分かっていた上で、彼らを嵌めたのだ。数か月もすれば仕入れ先は変更されるが、もう私たちはこの場所を手放さない。
「エコノレ君って、結構エグイことやるよね。まあ、お相手の態度が気に入らなかったってのも分かるけど。私は大歓迎だなぁ、そういうの」
そう、この地域の人は、流石に立地条件による売り上げを理解している。だから中々手放さなかったのだ。こちらが理路整然と話をしているのに、向こうはただこっちを罵倒するだけ。そんな交渉が続いていた。
エコノレ君はそれに苛立ちを覚えたのか、自分たちに商品を卸す場合と、露店で商品を売る場合の売り上げの変化について説明し始めた。そして逆に、こちらと取引をするリスクについては一つも説明しなかった。
まあわざわざリスクを説明してやる義理もないし、そんな必要もない。私も当然の判断だと思う。
そしてついにエコノレ君は、アラレスタとカッツァトーレの協力もあり、見事頑固な連中から契約を取り付けて見せたのだ。
内容は単純な売買契約。それも、長期契約などは一切確約していない。
実は、八百屋の婆さんや魚屋には、ある程度の期間を提示して契約していたんだ。そのあたりの説明も全部している。
だけど件の頑固者に対しては、まったく何の説明もしていなかった。売り上げの推移を示す資料と、精霊の協力のたった二点でごり押ししたのだ。
売買契約は、こちらから簡単に切ることが出来る。向こうがなんと言おうと、私が嫌だと言ったら仕入れ先を変更できるんだ。
当然向こうがそんな事情を知っているはずもなく、今は大金が入ってくるとホクホク顔で仕事をしていた。本当におバカな限りだ。逆に、それを見越した上で交渉してきた肉屋が、どれだけの手腕を持っているのか良くわかる。
思えばこの計画は、エコノレ君の交渉術と信頼の上に成り立っていた。
確かに、説明を聞く限りとんでもない金が動きそうな気はする。だが確約はない。全く新しい業種なのだから。ゆえに、肉屋はコンマーレさんの存在を確かめたのだ。
けれどそういったもの全てを、エコノレ君の人柄と話術だけで塗り替えた。交渉相手にそれを考えさせなかった。本当に恐ろしい男だ。彼の力なくして、この商店は成り立たない。
見渡すほどの土地。建物だけでなく、馬車や荷車を置くスペースも確保してある。この全てを、エコノレ君の口という武器たった一つで勝ち取ったのだ。私が知識を提供していなくても、彼ならそう遠くないうちに大成していたのではないかと、いつも思う。
「本当に広いですね~。あ、あそこがお店の建設予定地ですよ! こんなに大きいお店を作るんですね! エコノレさんから聞いてましたけど、びっくりです」
建物の建設予定地には、簡易的ながら木材を置いて、具体的な大きさや構造を分かりやすくしていた。
確かに普段露店でしか買い物をしないのなら、とんでもなく大きいだろう。しかし日本のスーパーマーケットを考えると、少し小さいかもしれない。
まあそれは、追々変更できる問題だ。ひとまずは青空の下、棚を並べるだけの商店を試運転しようという話になっている。
何せ私たちには時間がない。あと数年で私もエコノレ君も死ぬのだ。スーパーマーケットのように、大きな構築物の建設を待っていられる余裕はない。
それに、まだスーパーマーケットというものは、この国に定着していないんだ。実際に商店を始めたとき、スムーズにことを進めるにはこっちの方がいい。
というわけで、建設予定地とは別にまた土地を確保していた。ここは後々駐車場になる予定だが、今はスーパーマーケットの試運転地として活用する。
とにかく今は、店の中を回って商品を手に取り、レジでお会計をするということを覚えこませるんだ。レジが存在するというのも、露店よりスーパーが優れている点である。
いちいち野菜だけお会計するよりも、まとめて全部払ってしまった方が効率がいい。それに従業員も少なくて済む。
ここでスーパーマーケットという概念を町民に定着させつつ、となりで建物の建設を進めていく。こうして私たちの商店を作っていくのだ。
「あとは……ランジアちゃんに頼んでおいたアレが完成するのを待つだけかな。あ、プロテリアも、ちゃ~んと仕事進んでる?」
「もちろんですよ。僕はこれでも、昔は魔法学者でしたから。むしろ得意分野でしたよ。ランジアの方も手伝おうかと思ったんですけど、断られてしまいました」
うんうん、二人ともしっかり仕事してくれてるみたいだ。店の試運転が出来る日も、そう遠くないかもしれない。
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