第三十一話 誠実さの輝き
「……エイヤーッ! 泥棒確保!」
突如、私は背後から突き飛ばされ地面に転がった。
気を抜いていたとはいえ、エコノレ君のたくましい肉体でも簡単に転ばせられる威力。間違いなく、魔法を使ってるのがわかった。
「つ、ついに出やがりましたね泥棒さん! そろそろアタシの店にも現れるんじゃないかと思ってましたよ! 巷で噂になってますからね! でも残念、マシェラちゃんはこう見えて、結構強いんですよ! どうだ参ったか!?」
相変わらずコミカルな調子で喋る肉屋の店主。っていうかこれ、接客の態度じゃなくて素だったのか。元からこんな感じって、ちょっと疲れやしないか?
あと、この子の名前がマシェラっていうのも初めて知った。マシェラ、つい口に出したくなる可愛らしい響きだ。
って、そんなこと言ってられる場合じゃない! どうにかマシェラさんの誤解を解かないと、このままじゃ交渉を始められない。
「すいませんマシェラさん、その方は泥棒ではないです。離してあげてくれませんか? 森の精霊代表の名に誓って、その方は悪人ではありません」
「あ、アラレスタ様!? どうしてこんなところにいらっしゃるんですか!? あ、あの! サインもらって良いでひゅか!」
彼女は言いながら、私の拘束を解く。やはりアラレスタ、コンマーレさんほどでないにしろ、人間たちからの人気が高い。
それも当然だ。森に住む精霊と人間とを繋ぐ、代表人物なのだから。恐らく、場合によってはこの地の領主よりも高い権限を持っているんだろう。
にしてもマシェラさん、意外とミーハーというか。むしろ予想通りだったかも?
とにかく常にテンションが高い。それに声も大きい。笑顔を絶やさないのは、サービスマンに要求される大切な技能だ。
「今日は私……いや、俺から話があって来たんだ。バックヤードを勝手にのぞいたのはすまなかった。表に誰もいない様子だったから、こっちに人がいるのかと思ってな」
一瞬私の素のまま話そうかとも思ったけど、やっぱり止めた。彼女は精霊種ではないし、タイタンロブスターでもない。ただの人間だ。この見た目で女っぽい喋り方をしていたら、違和感があるだろう。だから今回は、エコノレ君のモノマネをすることに決めた。
「へぇ~、お兄さん前にウチの露店来てくれたよね。可愛い男の子と元気な女の子を連れてた。……あとあの人も。用件って何かな? 商品の問い合わせならあいにく、アタシは担当してないよ。それは兄さんの方がやってる」
急に真剣な表情になったマシェラ。声も先程より落ち着いていて、こちらを値踏みするかのように視線を滑らせている。
既に、彼女の交渉は始まっているのだ。警戒しなければいけない。
しかしどうやら、向こうはこちらの提案を最初から突っぱねる気はないようだ。その証拠に、誰が肉類の生産を担当しているのか教えてくれた。
彼女がこちらを追い返すつもりなら、用件だけ聞いて情報は一つも与えなくて良いはずなのだ。
私は正直に、これからスーパーマーケットを開こうとしていると説明した。それがどのような店で、今どの程度準備が進んでいるのかも包み隠さず教える。
これから一緒に仕事をする相手だ。足元を掬われれば大打撃を受けるが、それ以上に、彼女に嘘を吐くことを私は許容できなかった。特に、こと経営の情報については、嘘を吐いたりはぐらかしたりすることには何の意味もない。
私にはエコノレ君のような話術はない。会話の中に、小さな嘘を織り交ぜる技術は、彼が厳格な父親と渡りあうために身に着けたものだ。親からの干渉が比較的少なかった私には、そんなもの必要なかった。だからこそ、それはエコノレ君にしか出来ないのだ。
私は私のやり方で、この子を落として見せる。そろそろ私たちは、次の段階に進むべきだ。
「それで、アタシには肉の加工技術を提供しろってこと? あと保存技術もか……」
マシェラは顎に手を置いて深く考え込む。私の提示する条件が自分たちの利益になるのか、どうすればもっと利益を上げられるのか。彼女の頭の中は、きっと私でも簡単には理解できないほどの思考が、渦巻いているのだろう。
「確かに、肉を加工したり保存したりするのはアタシの仕事じゃない。兄さんだよ。そちらさんが今までと同じ価格で買ってくれるって言うなら、悪い話じゃない。アタシの仕事が浮いて、別の作業が出来るしね。でもな~、アタシはこの仕事しか出来ないから、ちょっと悩みのもんだよね~」
ふ~む。やっぱりタダでは乗ってくれないか。この子は、現状維持を望んでいない。
他の魚屋や八百屋は、今まで通りの売り上げが出せれば良いと言ってくれた。けれどこの子は、さらなる利益を望んでいるんだ。そして彼女は、自力でもそれが出来る。私がこれ以上の条件を提示できなければ、この話はなかったとこになってしまう。
「提供してもらうのは肉の加工と保存の技術だけではない。君の知識と経験も、提供して欲しいんだ。君ほど完璧に接客をこなせる人材は、このマーケットには少ない。そして、俺と対等に経営戦略について話ができる人材も。もちろん、肉の仕入れとは別に給料を出す。君の扱いは売買契約の相手ではなく、我が社の従業員ということになるから」
できれば、彼女が肉の市場を独占しているという話は持ち出したくない。それではまるで、私が彼女を脅しているみたいじゃないか。
あくどい方法で売り上げを出していること、この町の人間にバラされたくなければ味方になれと。
それはダメだ。これから共に働く仲間、変な禍根は残したくない。何より、経営が軌道に乗ってきたあとに彼女に裏切られれば、私の企業は簡単に倒産する。それほどまでに、私は彼女を信頼してもいるし、警戒してもいるんだ。
「なるほどね。アタシを雇って、失業後の対応もバッチリか。悪くない。いやむしろ、話を聞く限りだと、アタシが露店をやるよりももっと大きなお金が動く予感がする。でも、これだけは聞いておかなくちゃいけないよ。……コンマーレ様はこの話、協力的なの?」
やっと分かった。彼女が今まで何の情報を欲しがっていたのか。コンマーレさんだ。
彼が協力してくれるなら、この企業は確実に急成長する。信頼も、知名度も、彼の名前を出せばそれだけで全てが得られる。コンマーレさんは、そういう存在なのだ。
言うべきか、言わないべきか。嘘は吐かないが、何も言わないというのも一つの手だ。
彼女がこの質問をしてきたということは、逆を言えば、コンマーレさんの協力なくして、この話は受けられないという意志表示でもある。
だけど……やっぱり私は……!
「コンマーレさんは協力してくれない。創立資金の援助はしてくれるが、彼の名前を出すことも、創立後彼の金を動かすことも許可されない。彼がこの計画に関わっていたという手札も、消費者やその他商店には使えないものと思ってほしい」
アラレスタもプロテリアも驚いた表情を見せているけど、私は正直に真実を伝えた。
まっすぐ彼女の目を見て、決して動揺したりなんかせず。それが、今の私にできる誠意の見せ方だから。
「噂通りの男みたいだね。誠実で、真面目。嘘なんか言わない好青年。たとえ嘘を吐かれていたとしても、みんな君なら許してくれる。そういう人物だ」
嬉しい言葉。これは私ではなくエコノレ君に向けられたものだけれど、それでも胸が高鳴った。真に、嬉しいと感じた。上手く言葉には出来ないけれど、とても心が穏やかになったのを実感する。
「分かったよ、この話受ける。すっごく面白そうだし。アラレスタ様もいるしね! 兄さんたちにはアタシから話を通しておくよ。な~に心配しなくても、露店の経営はぜ~んぶアタシに任されているのよん! どんな契約を結んでも、アタシの思うままだからね!」
先程の真剣な雰囲気とは打って変わって、再びコミカルな声音で喋り出すマシェラ。輝く笑顔は、アラレスタにも勝るほど可愛らしい。
「ありがとう、これからよろしく!」
とても強力な仲間を得た。これで人材に関しては問題ない。やっと商店を開く準備が整い始めてきた。これから、私たちの物語が始まるんだ。
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