第二十一話 二重人格の弊害

 朝目が覚めると、俺の胸を強く締め付ける感覚があった。

 これはいわゆる、金縛りという奴だろうか。昨日は特に運動などはしていないはずだが、アラレスタと夜遅くまで談笑していたようだからな。きっとその疲れが出たんだろう。


 何、恐れることはない。俺は幽霊などというものを信じてはいないからな。恐らく、身体に疲労が蓄積して上手く動かないだけだろう。

 昔騎士たちと共に庭を駆けまわって倒れたことがある。あの時も、頭は動いているのに身体は全く動かなかった。それと同じさ。


 寝ぼけた頭でぼんやりそう考えてみる。俺は朝が弱いから、もう少しだらだらしていたい。

 しかしこの頭を冴えさせようとしてくる厄介な存在がいた。


 太陽だ。このベット、かなり窓際に設置されているから、朝日が顔面に当たるのだ。昨夜は晴れていたから、当然戸も立っていないし。

 ここは布団を被って、もうひと眠りと行こう。


 布団をとろうと手を伸ばして、その瞬間に気付いた。

 珍しいな、金縛りに遭っているのに手が動く。というか足も少し動かせた。普段なら文字通り手も足も出ないのに。


 不思議に思って、俺は眠気を押しのけ目を開いてみた。一旦目を開けてしまえば寝付けなくなる俺が、目を開いたのだ。きっとそうしなければならないと、心のどこかで思ったのだろう。


「!? ア、アラレスタ!? 何故俺のベットの上にいるんだ!? というか、何故抱きついている!?」


 い、意味が分からん。どうして彼女がここにいるんだ? あいや、確か俺の病気を診るためにしばらく一緒に生活するとか言ってたか?

 にしてもこの状況はヤバいだろ。エコテラならいざ知らず、これじゃあ男女の営みと捉えられてもおかしくはない!


 あ、めっちゃ良いにおい。森の中みたいだ。日差しも相まって、スゲー落ち着く……。

 っとか考えてる場合じゃねぇ!


「あ、おはようございますエコテラさん。私はもうひと眠り……ッ!?」


 一瞬目を半開きにしたアラレスタだったが、再び眠りにつこうとこちらに体重を傾けてきた。しかし時間差で何かに気付いたのか、猛スピードで俺から離れ、反対側の壁に後頭部を激突させている。


「え!? え、え、エコノレさん!? どうして私はエコノレさんを抱きしめて……まさか!? まさかなんですか!?」


「主語述語はどこいった。それはこっちが聞きたいよ。なんでアラレスタがここにいるんだ? っていうか、なんで抱きつく必要がある」


 混乱しているのは俺の方だ。昨日のことは断片的にしかわからない。いや、頭が覚醒してちょっとずつ思い出し始めているが。

 説明して欲しい、どういう意図で俺に抱き着いていたのか。女っ気の全くない俺だ。簡単に勘違いするぞ。


「あ、あのですね、違うんですよ。抱き着いていたのはエコテラさんだと思っていたから……ではなく! 病気の経過を観測するためです! 魔法透視で診るよりもこちらの方が確実なので。あと、私の鎮静化作用で心拍数が低下します。その分魂臓の活動も緩和されるかと思って」


「なるほど、ちゃんとした理由があったわけか。しかしまあ、今後は気を付けてくれ。俺の身を案じてくれるのは嬉しいが、心臓がもたない。それとひとつ忠告もしておく。早朝の男性に抱き着くのは色々危険だぞ。こちらの意識とは関係なく、反応してしまうからな」


 俺の病気を悪化させないためとはいえ、これでは心拍数が低下するどころかむしろ上がってしまう。せめて寝ている間、手をつなぐくらいにしてくれないか。正直めちゃめちゃドキドキした。


 彼女の方をチラリと見てみると、頬を赤らめ一点を見つめている。

 いや、そんなに見るなよ。恥ずかしがるなら目を反らせ。なぜそこだけ好奇心旺盛なのだ。この女、マジで意味わからん。


「すごい音聞こえてきたけど、大丈夫~? あ、あ。なるほど、お騒がせしました。ごゆっくり~」


「ちょ、ちょっと待てランジア! これは何かの間違いだ、っていうかめっちゃ既視感があるぞ。何故だ!?」




 場所は変わり、ここは霊峰ブルターニャへと続く森の入口。俺がここへ来るのは初めてだ。いや、本当にそうだったか? もう分からん。俺の記憶にもこの場所はあるのだ。

 朝日はまだ登り始めたばかりで、俺が起きているには早い時刻だな。朝には弱いと何度も言っているのに。


「エコノレさ~ん、何故私から距離をとるんですか~? 道に迷ったら危ないですよ」


「お前が突然服を脱げとか言ってくるからだろうが! 診察に必要なこととはいえ、そういうのは事前に説明しておいてくれ。朝も言ったが、俺の心臓が持たないぞ」


 彼女は食事が終わった後、突如上半身裸になれと要求してきた。マジで心臓が飛び出るかと思った。ランジアやミノも見ている前で始めるのかと。


 結果彼女は俺の体内で生成された魔力を吸収しただけだったが、本当に心臓に悪いから止めて欲しい。

 エコテラ、こういうことこそ木簡で書置きしてくれれば良かったものを。


「あれは悪かったと思ってますよ、何度も謝ったじゃないですか。それより、本当に私から離れないでくださいよ。霊王が警戒を高めてくれているとはいえ、トンビ以外の魔獣が襲ってくる可能性もありますから」


「そうだったな、俺の戦闘力なんて魔獣からしたら野生動物以下だ。この魔力が爆発しないためにも、しっかり守ってくれ」


 この森には無数の魔獣が生息している。トンビ系の者達は霊王が圧をかけてくれているが、他の者は別だ。

 あれらは人間など簡単に殺せる力を持っていて、森に慣れた実力者がいなければ危険なのだ。


 本当はプロテリアも連れてこようと思っていたのだが、彼はコストーデと話があると言って家に残った。

 俺はランジアに若干嫌われているような感じもするし、流石にミノを連れてくるわけにはいかない。だから今は俺とアラレスタの二人だけだ。


「任せてください、これでも精霊種ですから。にしても、結構フランクに話してくれるようになりましたよね、エコノレさん。前は私にさん付けでしたし、よそよそしい喋り方をしていました」


「そうか? いや、そうだったな。多分アレだ、昨日お前とエコテラが楽しそうに遅くまで話してたろ。エコテラもかなりお前と距離を縮めた。その時の記憶が俺にもあって、その影響で話し方が変わったんだろうな。実際に俺とお前の関係は全く進んでいないというのに」


 不思議な感覚だ。俺が彼女と仲良くなったわけではなく、エコテラが彼女と仲良くなった。しかし俺も、何故かアラレスタと仲がいいような気がしてくる。それで、口調が砕けてしまったのだ。


「本当に不思議ですねぇ。人間相手ならそれでも良いんでしょうけど、私は少し混乱しましたよ。何せ私は精霊種、貴方達二人の本当の姿が見えているんですから。外見が同じでも、私は別人として接していたんですよ?」


 それは迷惑をかけた。そうだ、精霊種は人間とは違う。その者の本質を見抜く力が強いのだ。彼女からすれば、俺とエコテラは全くの別人なのだろう。


 しかし人間相手には都合がいい。例えばエコテラが町の人間と親しくなったとして、俺の番が来た時に再び関係を築きなおすのでは二度手間だ。

 その点、俺たちは記憶を共有している。自分がエコテラのつもりで接することも可能ということだ。


「改めて、複雑なものだな、二重人格というものは。しかし俺が一番望んでいるのは、外部ではなく内部のコミュニケーション。つまりエコテラとの対話だ。彼女と面と向かって話がしたい」


「エコテラさんと対話ですか。どうすれば良いんですかね。こんな二重人格私は聞いたことないですし、多分大長も知らないと思います。時間をかけて、調べるしかないんでしょうね」


 俺たちはまだ、互いのことを知らな過ぎる。本当は何がしたいのか、顔を見て話さなければ分からないこともあるのだ。俺たちは、もっと互いのことを知る必要があった。

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