第二十話 それぞれの視点
「じゃあまずは、アラレスタさん。これからスーパーマーケットを立ち上げるに当たって、食料品の調達をお願いしたいです。野菜、魚類はこちらで対応しようと思ってますけど、森に入って食料を調達できる人材が必要です。どなたか紹介してもらえるでしょうか」
野菜は町の外で栽培している人たちがいる。彼らと上手く話を付けて仕入れようと思っている。
魚に関しても、ここは漁港が近い。舟もかなり沖の方まで出ているから、交渉次第でかなり多彩な食品を扱えそうである。
「なるほど、確かに森の中は危険がいっぱいです。山菜取りとか動物狩りとか、ある程度戦える人が一緒じゃないと不安ですよね~。私はエコテラさんから離れるわけにはいかないですし、分かりました。ちょっと心当たりのある人に相談してみます。ただ、その時はエコテラさんにも付いてきてもらわないと……」
「もちろんですよ。協力者ということはつまり、うちで働く従業員ですから。当然私もお話したいですし、どんな人物か確認しておかないといけません」
彼女は私の病気の経過を逐一確認し、異常が起きたときには即座に対応しなければならない。
きっと彼女はそのことを言っているのだろうけど、経営者としては従業員のことを把握していないといけない。
規模が大きくなって来れば、全員を頭に入れることは出来ないけど、最低限オープン前の従業員は把握しておきたい。
このことも木簡に記していく。むしろ本当は、こういうことこそメモしておくべきなのだ。私の企みなんて、別にメモしておくこともない。
「日程はまた後日話し合いましょう。アラレスタさんも、協力してくれそうな人材のリストアップお願いします」
彼女は仕入れ担当だ。今は森の中だけをお願いしているけど、いずれは他の仕入れもお願いする。
仕組みはあとで全部教えよう。仕入れにも細かいテクニックはいくつもある。
「プロテリアは経営者目線。あとで私と経営方針について話し合うとして、次はランジアちゃんかな。一応野菜、魚、肉、あとは調味料を中心に販売し始める予定なんだけど、他に必要だと思うものはある? もしくは必要ないと思うものとか」
ランジアちゃんは消費者、つまり大衆の目線だ。大衆が何を買いたいと思うのか、逆に何を買わないのか。彼女にはそういう所を意見してもらう。
「肉を売っている人は他の野菜と魚を買う。野菜を売ってる人は肉と魚を買う。魚を売ってる人は野菜と肉を買う。調味料はこっちで開発……。あ、そういえば! お米はどうするの? このままだと、食卓にお米が並ばないよ」
「わお! 何で気づかなかったんだろう。そうだよね、主食も用意しないと。あでも、エコノレ君お米の相場とか商店とか調べてきてないや。こっちはあとで調べなおさないとね」
危ない危ない、ランジアちゃんが気付いてくれて良かった。でも、彼女の立ち位置はつまりこういうところだ。
消費者の実生活を考えて、足りないものを指摘する。彼女が最後の確認をしてくれることで、商店の品揃えをミスしなくて済む。
「あとは特にないかな。私は基本的に外に出ないし、お買い物もあんまりしないから」
「そうだよね~。ランジアちゃんは、普段どうして買い物に行かないの?」
買い物に良く人数が多いに越したことはない。
例えば家族でスーパーに出かけたとき。子どもがいる分、普段買わないようなものも買うだろう。厳しい親もいるが、安い物は買いやすくなる。
例えば恋人と出かけたとき。普段は安い肉を買っているのに、その日は少し高めの肉を買ってしまうこともあるだろう。
とにかく買い物に連れていく人数は多ければ多いほど、大量の商品、高額な商品を手に取るようになる。
それに、スーパーに滞在する時間が長ければ長いほど売り上げが伸びるというものもある。スーパーやコンビニに店内放送が流れているのは、消費者の居心地を良くし、滞在時間を長くするためだ。
家族や恋人、連れがいると会話の時間も生まれ、結果滞在時間は増える。それによって手に取る商品も増え、売り上げは伸びるのだ。
また、たとえお金を出すのが一人、つまり単位が一組であっても、人数が多いと繁盛して見える。すると消費者はその店に興味を持ち、集客力をが向上するのだ。
逆に言うと、一人で買い物に来る人は、あまり大量の商品を買わない傾向にある。
手に取る商品は固定化されるようになり、極力節約するようになる。その分悩む時間も短くなり、店を出るのも早くなるのだ。
こういった理由から、普段買い物に出向かない人を、付き添いでも良いから引っ張り出すのには意味がある。
ランジアちゃんがどうして家から出ないのか。それを知れば、同じような人たちを引き出す方法も浮かぶかもしれない。
「基本的には、家でやりたいことがあるかな。魔法の勉強もそうだし、兄さんたちがいない間は、家事もやってるよ。買い物に行くよりそっちの方が楽しいし。あと、元から私があんまり外に出たいタイプじゃないってのもあるけど、総じて【めんどくさい】の一言に尽きるよね」
なるほど、めんどくさいか。それは私も良くわかる。前世では勉強が好きであんまり家の外には出なかったし、買い物に行くのは正直億劫で仕方なかった。それに、買い物は母さんが行くから別に良いと思っていた。
これは難しいな。私にはどうもこれを商店に解決させる方法が浮かばない。個人レベルの問題ならいざ知らず、消費者全てに家から出てきてもらうのは非常に難しい。
しかし敢えて言うのならば、現代には、そのめんどくさいを払拭する店が存在する。コンビニエンスストアだ。
田舎には少ないけれど、都会なら家から徒歩数分圏内にコンビニがある。
コンビニはスーパーと違って建物に必要な面積が小さく、その分数を増やしやすい。
だから商店の集まったフレスポなどではなく、より住宅に近い場所に設置できるのだ。
普段あまり外出しない人も、徒歩数分の場所なら足を運びやすいだろう。故にコンビニエンスストアは、めんどくさいをある程度緩和できる商店と言える。
だがそれは、私たちが目指すスーパーマーケットには難しい。強いて言うなら、住宅の近い良い立地を確保するくらいのものだ。
スーパーの最大の利点はその品数の豊富さ。消費者は多彩な商品から自分の好みのものを選ぶことができ、ついでに新しく欲しいものを見つけ出すことも可能。
しかしこれを成すためには、相応の面積の店が必要になる。その分建設費用も掛かるし、土地代も高くなるのだ。
これは、あとでプロテリアとじっくり相談しないといけないな。彼は経営者目線担当。私とともに、まだ解決できる段階でない問題について考えるのだ。
「取り敢えず今日話し合っておくべきことは以上かな。明日から外に出て動き始めるからよろしく!」
皆が顔を突き合わせ、今後始まる新しい計画に胸を躍らせている。とても明るい表情だ。私もつられて笑顔になる。
そうだ、経営っていうのは利益を求めるものだけれど、それ以上に楽しいものなんだ。ひとつずつ自分たちの手で作り上げていく感覚。そして行きつく先は、町に暮らすみんなの笑顔。こんなに心躍ることはないだろう。
私は今日話し合ったことを木簡にまとめなおし、アラレスタさんとともに自室に戻った。
この家に他に空き部屋はないから、しばらくはこの部屋で二人らしい。幸いにもベットは大きめだし、気にすることはない。
「あそうだ、エコノレ君に伝えておかないと。明日が私の番とは限らないしね」
木簡に彼への伝言をしたためる。私が担当できることと、彼が担当できることは違うのだから、そこはハッキリさせておかないといけない。
それに、彼ともちゃんとコミュニケーションをとっておきたいし。
「何書いてるの?」
私が木簡に伝言を書いていると、アラレスタさんが横から覗き込んできた。
ウグイス色の髪がふわりと揺れ、彼女のにおいが広がった。やっぱりこんなに魅力的な女性は、そうそういないよね。
「伝言ですよ。二重人格って面倒でね、こうしておかないと、お互いに意志を伝えるのも難しいんです。今日はもう疲れましたし、夕飯までゆっくりしてましょ」
今日の夕飯は珍しくランジアちゃんが作ってくれるそうだ。料理の腕は決して悪くない。楽しみである。
二人してベットに腰かけ談笑を始めた。他愛もない、普通の女子二人の会話だ。思えば、こっちに来てからこんな風に喋るのは久し振りかも知れない。私の見た目は女じゃないけど。
ガールズトークに花を咲かせながら、落ちていく夕日を眺めていた。
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「ダメだ、こんなこと。伝えなくては。俺が本当に、これを望んでいると思っているのか。いつか伝言ではなく、対面で話したいものだ」
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