第2話 僕と文化祭①


 文化祭当日。

 友達がいない僕は相変わらずぼっちだった。文化祭に友達がいないから教室で一人寂しく時間を潰す。

 そんな絵に描いたような非リア充な一日を過ごす。


 変に綾瀬グループに関わっているからか、クラスメイトは僕にも触れてこない。いい意味でも悪い意味でも。

 つまり、文化祭の準備もほとんど手伝っていない。僕の高校一年の文化祭の思い出は準備期間はクラスの女子にパシられ、当日は教室でラノベを読んだだけ。


 そうでなくとも、うちのクラスは校内のゴミ箱作りという地味で思い出の一ページどころか一部分にさえ残らないようなことしかしていない。

 もっというならそもそも僕はゴミ箱作りさえしていない。


 文化祭というのは演劇をしたりするものじゃないのか。うちの学校は別に飲食店も禁止されていないのに。

 その辺に対して特に強い気持ちはなく、当日自由に動ける選択をしたのだろう。冷めたクラスだ。

 

 ぐう、とお腹が鳴る。

 時間を確認するとお昼を過ぎていた。そりゃお腹も鳴るわけだ。せっかくの文化祭だし、このまま教室に引きこもるのも何だ。

 動かなければ何もないのは確実だし、ここは適当に何か買いに行こうかな。


 そう思い、僕は立ち上がった。

 そのとき。


 ガラガラ、と教室のドアが開いた。


 入ってきた生徒を確認すると、その人はよく見知った顔をしていた。


「あ、こんなとこにいたー」


 肩上黒髪ショートの巨乳女子、五十嵐萌さんだ。セリフ的に僕を探していたようだけど、一体彼女が僕に何の用だというのだろう。


「さなち知らない?」


 さなち、というのは宮村さんのことだ。宮村沙苗の沙苗からさなち。五十嵐さんは仲のいい人はあだ名で呼ぶらしい。ちなみに、綾瀬さんのことはえりぴと呼んでいる。


「いえ、見てないですけど」


「そかー」


「萌ー?」


 少し遅れて教室にやって来たのは綾瀬絵梨花だ。金髪とピアスとバッチリメイクはいつも通り。胸元のリボンは緩められてボタンも空いている。

 相変わらずだ。


「まるい知らないって」


「ンだよ、使えないなあ」


 よく分からないけど僕の知らない間に何もしていないのに評価が下がった。しかし、僕としては下がるほどまだ評価があったことに驚きだ。

 最底辺ではなかったのか。


「何かあったんですか?」


「一緒に回ってたんだけどいつの間にかはぐれたんだよねー」


 そんなことあるんだ。もう高校生なのに。


「暇ならあんたも探しな」


「あ、はい」


 どうせすることはなかったし、それなら何か目的を持って校内をぶらついた方が有意義だと思い、僕は綾瀬さんの言葉に頷いた。


「手分けするから」


「えりぴはグラウンドで、私は部室棟の方見に行くからー、まるいはこの辺探して」


「分かりました」


 先に綾瀬さんに続いて僕も教室を出る。そうと決まればさっさと向かおうと方向転換したところで五十嵐さんが僕の肩を掴んだ。


「あの、何か?」


「ライン交換しとかないと連絡取れないでしょー?」


「え」


 ラインなんて家族以外とやり取りしないからほぼ起動すらしないアプリだ。

 突然の提案に僕は間抜けな声を漏らした。


「ほら、はやく」


 五十嵐さんはスマホを出して僕に催促してくる。まさか家族以外の初めての連絡先が女子だなんて。

 母さん、僕パシられてて良かったよ。


「コード出して?」


「コード?」


 なにそれ、と僕はオウム返しをしてしまう。五十嵐さんは嘘だろという驚き顔を向けてきた。


「すみません、あんまり操作なれてなくて」


「もう貸して」


 呆れたように鼻をふんすと鳴らした五十嵐さんは僕の手からスマホを奪い取る。そして持ち主である僕よりも慣れた手付きでスラスラと操作した。


 三十秒もかからないうちに連絡先の交換は済んだようで、スマホが返ってくる。


「はい」


「あ、どうも」


「見つけたら連絡してね」


「はい」


 そんなわけで二人と別れて僕は宮村さん捜索の任務に当たる。お腹が空いてはなんちゃらという言葉もあるので、道中に何か買って食べるか。


 ていうか、普通に連絡取ればいいのでは?

 いや、僕でも思いつくような初歩的な解決法を二人が試していないはずがない。きっと、何か理由があってその手段が使えないんだ。


 文化祭の催しは教室で行うものから屋台を出して外で行うものもある。

 教室では喫茶店とかやってるけど、さすがにそんなことしてる余裕はない。

 万が一そんなところを見られたら確実に校舎裏に連行される。


 軽く食べれるものは基本的にグラウンドの屋台に集中しているので、僕はロクにお腹を満たせないまま捜索を続けることとなった。


 三階から二階に降りようとしたところで、踊り場から声が聞こえてきた。


「なあいいだろ。一緒に回ろうよ」


「君も一人でしょ? いいじゃん、絶対楽しいって」


「友達いるなら友達も誘って回ればいーでしょ。つかそれ名案。俺ら案内してよ」


 ナンパだ。

 リアルでナンパしてるところを初めて見た。あんな古典的な、漫画の中でしか見ないようなナンパを実践する人ってまだいたんだ。


 ま、ナンパなんて結局のところ顔のいいイケメンがする行為であって、突き詰めると顔が良ければ割と何でも許されるので声のかけ方なんてこだわる必要ないのか。


 ああ、イケメン死ねばいいのに。


「あの、やめてください。あたし、もう行きますんで!」


 おっと?

 イケメン……かは分からないけど、男子三人に囲まれちやほやされているというのにお断りをしているぞ。


「ひゅう、強がってるとこも可愛いね」


「俺達がもっと可愛がってあげるよ」


「ほら、行こうぜ」


 絵に描いたようなチャラ男だなあ。ああいうのは関わるとロクなことにならないからさっさと退散しよう。


 でも他の階段まで行くのは面倒だし、後ろ通れるかな。いけるな。存在感の無さには定評があるからな。

 ん? 何か今いた? くらいで終わる気がする。


 ということで、僕は極力足音を立てないように気をつけながらゆっくりと踊り場へと突入する。


「もう! 放してください!」


 めちゃくちゃに嫌がってるのにどうしてしつこく迫るんだろ。あそこからプラスの方向に展開される可能性なんて皆無だろ。

 諦めて次行けばいいのに。


 案の定、ナンパ野郎三人衆は僕の存在になど気づきもしない。ほっとした反面ちょっとだけ複雑である。


 これだけしつこくナンパされるなんて、どんな美少女女子高生なんだろうか。

 少し気になったので、僕はそちらに視線をやる。


「……」


 三人衆に囲まれていたのは宮村さんだった。確かに思い返すと聞き覚えのある声だったなあ。


 これはどうしたものか。

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