第3話 Being
「――おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため――」
何度も繰り返される同じ機械応答を途中で切る。
あれから、どんなに私が電話をしても、絶対に鈴は出なかった。
学校にも、ずっと顔を出さない日が続いた。
スクーリングがない日でさえ、私たちは毎日のように学校に来て、二人で時間を過ごしていたのに……
まるで彼女がいた事実さえ存在しないかのように、空っぽのままの彼女の机だけが教室に残っていた。
鈴と出会って、一年以上が過ぎた。
もう夏が過ぎ、秋が始まろうとしている……。
夕方の涼しい風が教室の窓から吹き抜けてきて、私の真っ白な髪をたなびかせる。
風に流される髪をそのままに、改めて私は、今ここにいない彼女のことを想った。
それまでの私にとって、外の世界は『悪意』で満たされていた。
つま先から頭のてっぺんまで、本当に舐めまわすように全身に纏わりつく目、目、目……
私を見て隣にいる人と囁き合うその声……
――その目は私という存在を、『人ではない何か』としてしか捉えていない。
――隣にいる人と囁き合うその声は、私のことを言っているに違いない。
――そしてその笑い声は、私という『人ではない何か』を嘲り笑っているに違いない。
色を持って生まれることを否定された私は、人であること自体を否定されているようにしか、考えることができなかった。
鈴と、出会うまでは。
私を好奇の目で見ない人は、両親の他にいただろうか。
私の髪を、肌の色を、そして瞳の色を見ても、なお当たり前のように――そう、『人として当たり前である』ように接してくれた人が、他にいただろうか。
私は、鈴に救われたのだ。
彼女が私を外に連れ出し、そして教えてくれたのだ。
私を否定していたのは
私という存在を、最も許せなかったのは……
他ならぬ、私自身だったのだ、ということを。
「――よし」
夕暮れの秋空を、窓越しに眺める。
だんだんと暗くなっていく空を見て、彼女が時折見せていた、虚ろな瞳を思い出した。
彼女に触れたくて手を伸ばした、あの時の鈴を。
自分を守るように、私に戸惑いの表情を浮かべながらも、拒絶したあの瞬間の鈴を。
もう一度、彼女に会いたい。
私は、鈴に救われたのだ。
鈴が、もし苦しんでいるなら
今度は、私がその手をとってあげたい――
荷物を持って教室を出た私は、まっすぐに職員室へと向かった。
――――――――――――
メモを片手に、辺りを見回しながら目的の場所を探す。
そこには、何とか頼み込んで、根負けした先生が、「メモを取るだけだぞ」、と言って見せてくれた、鈴の住所が書かれていた。
やがて大通りから少し入った、住宅街に、鈴の家があった。
「あった、ここだ……」
明りの消えた、人気のない一軒家。
綺麗に整えられた庭が、彼女がいつも身に着けていた真っ黒のドレスに本当によく合っていると思った。
ピン、ポン……
緊張して震える手で、インターホンを押す。
「……」
反応のないインターホンを、意を決してもう一度押す。
「……鈴……」
やはり、出ない。
出かけているのだろうか。
明日の朝、もう一度来ようか。
でも――と思い直す。
私は、彼女にどれだけ救われただろうか。
色の無い私が、「それでもいいんだ」と……「許された」と感じることができたのは、鈴のおかげなんだ。
鈴も今、何かに苦しんでいる。
あの瞳が、葛藤するあの表情が、脳裏に焼き付いてどうしても離れない。
一刻も早く、彼女に会いたかった。
「――鈴!!鈴!!私よ、雪白よ!!お願い、出て!!」
静まり返った、もう夜の帳も下りたこの時間に、そんなことに気を遣う余裕なんてない私は、大声で叫ぶ。
今までの人生で、一番大きいくらいの声で。喉が潰れるくらい、何度も叫んだ。
「――鈴、鈴!!私は、あなたに救われたの!!あなたのおかげで、私は勇気が持てた!私は、私を許すことができたの!!もし……もしあなたが、苦しんでるなら……私はあなたに、恩返しがしたい!あなたを救えるかどうか分からないけど……お願い鈴!!あなたに会いたいの!鈴!!!!」
あまりの大声だったせいか、周りの家の人たちが次々に玄関を開けて顔を覗かせる。
でも、私の瞳には彼らは映っていなかった。
私が見たいのは、彼女のいつもの笑顔だけ。
他愛ないおしゃべりをして、いつものように、どうしてそんなことを知ってるのか分からないような知識を、少し得意げに話す、あの顔を見せてほしい。
それが、どれだけの時間だったのか、今でも思い出せない。
数十秒だったかもしれないし、数分、もしかすると数十分だったようにも思える。
でも、それまでざわざわと騒いでいた周りの声が、鈴の家の二階の窓に、小さな明かりが灯った瞬間――
私にはその瞬間、何も聞こえず、辺り一帯が静寂に包まれたように感じた。
「鈴!!!」
玄関が少しだけ開いた、その隙間から見えた彼女の、やつれた姿が痛々しい。
でも――とにかく、もう一度会えた。
彼女を見た瞬間、私は喜びで涙を堪えることができなかった。
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