雨天月光

エリー.ファー

雨天月光

 雨が降っていた。

 煙い街である。

 人通りが少ない。

 排ガスの香りがする。

 生きている、そんな思いに浸ることができる。

 良い街だ。

 私は生きている。

 雨粒の中で、命を燃やしている。

 遠くでクラクションの音が聞こえる。猫の叫び声が聞こえる。ブレーキ音が二つ。大きな音が響く。女性の叫び声が一つ。

 人生を眺めるためには、多くの哲学が必要になる。しかし、そこから足を動かさないように生きていくためには実力と才能も必要になる。

 運は必要ない。あってはならない。

 破けば、斬れば、轢けば、刺せば、突けば、締めれば、捩じれば。

 血が噴き出すくらいの、言葉が一番良い。

 生きている気がする。

 今。私は死んでいない。

「どこを見ている」

 目の前の男は私に拳銃を向けている。

 警察官か。

 この街の平和を守るために、ありもしない道徳という沼にその身を落とした哀れな生贄である。絶海の都会で、強靭な魂を手にしたと狂喜乱舞する薄汚れた正義である。

「何故、笑う」

 そうか。

 私は笑っているのか。

「何故、笑うんだ。貴様は」

 あぁ。

 笑ってしまうよ。

 お前のことを見ているとね。

「何故、笑うっ。雨天月光ぉっ」

 雨が降っている。音が強烈である。しかし、私たちの声がかき消されることはない。

 耳に届くよりも前に。

 魂に届いている。

 こんなにも濡れている。

 言葉と社会と血と肉が、私たちを求めている。考えるよりも先に体が動くのは、一生をかけてたどり着けるかどうかの難問から導ける必勝のパターン。

「四十六人だ。分かるか」

 分かるさ。

「お前が、この街で、斬り殺した人間の数だ。その両手の刀で腕を斬り、脚を切り、首を斬り、築き上げた死体の山に宿っている哀れな魂の数だっ」

 そうだ。

 右の刀は、生、と言う。

 左の刀は、死、と言う。

 生まれたことに感謝しながら殺し、死に怯えながら殺す。

 間に立つ私は、神そのものである。

「二刀流の殺人鬼。雨天月光。俺が、ここで、貴様を殺す」

 やってみるがいい。

 そのちゃちな玩具で、私の息の根を止めてみるといい。

 一瞬の悲劇をその身に受けて、消えてなくなるのは、こんな雨の日が最適なのだ。

 そうだろう。

 だから、この日に、私とお前は出会ったのだ。

「何故、貴様は殺しをやめない」

 お前と違うからだよ。

 裏通りから表通りへと歩んでいき、最後にはその背中に太陽を掲げたお前の道は、私には似合わない。

 同じ場所から生まれて、同じ思考で生きて、同じ世界を見ても。

 同じ立場にはなれない。

 それが人生じゃないか。

「貴様を殺す。これは俺の覚悟だ。いずれ、この雨に流れていってしまうかもしれない、刹那の哲学だ。笑うなら笑っていい。お前と一緒にいた頃の俺なら、今の俺を笑うだろう。だが、それでいい。俺はもう、俺を捨てたんだ。刀を拳銃に持ち替えた瞬間に死んだんだよ」

 私たちは、この街を裏から守っていた。

 いや、そのつもりだった。

 実際、それで上手くいっていた。

 街から信用され、街に望まれ、街そのものになった。

「あぁ。分かるよ。分かってるさ。言い訳はしない。もう、全部過去のことだ」

 私たちは。

「俺たちは」

 この街を守っていた二本の刀だったのにな。

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