形質変換:二刀殴流

最早無白

二刀殴流

「次のニュースです。頻発する『形質変換』を用いた事件に対するべく、警視庁は新たに『形質変換事件対策課』を設立することを発表しました」


 『形質変換』。五日ほど前から突如発生が確認された、体の一部を別の物質に変えることだ。現時点確認された情報では、指をゴムに変換して滑り止めとして活用する、足をスケートボードに変換して速く移動する、といったところだ。


飯間いいま、ここに行くんだよな」


「ああ、まあな」


「お前、課長の機嫌とか損ねたっけ? にしても一課で成果バンバン上げてきたお前が島流しとはなぁ。何があるか分かんねぇもんだな」


「……だな」


 ――嘘だ。心当たりなら十二分にある。一課の時には混乱を招かないよう隠してきたが、俺も形質変換に目覚めている。もっとも、その力を悪事などに使ったりはしないが。


「とにかく俺は、形質変換絡みの事件をなくせるよう、向こうで頑張っていくしかないな」


「おう。とりあえず、今までお疲れ」


「ありがとうな……」


 友人からの励ましが痛いほど嬉しい。下手に感情を表に出すと煽られるのは必至なので、俺は口内を噛みしめ必死に耐える。

 一課になってから知り合った程度の決して長くはない関係なのに、いざ別れとなると寂しさがふつふつと込み上げる。だが異動という事実は変わらない。俺は心を切り替えるように、懐かしさごと部屋の扉を閉じた。


 資料達を詰めた段ボールを両手に、俺は新設された形質変換事件対策課、通称『形対課』へと向かう。


「貴方が飯間刀治とうじさんですね?」


「はい、そうですが何か」


 見ると、小柄で長髪の女性が立っていた。ここで声をかけられるということは、恐らくこの方も形対課……形質変換に目覚めたのか。


「そんな警戒しないでくださいよ~! そんな危ないヤツじゃないですから!」


 何を言っているんだ? 形質変換を使えること自体が危ないのだが……。


「とにかく一緒に行きましょう! 貴方も形対課に配属されたんですよね?」


「ええ、まあ……」


「ならばこっちです! ……あっ! 私は戸包甜花とづつみてんか、です!」


「ど、どうも……」


 それから特に会話が弾むわけでもなく、俺達はやがて『形質変換事件対策課』の立て札の前に至る。


「ここです!」


「……でしょうね」


 一息ついて、俺は扉を三度ノックする。


「どうぞ」


 許可の声を確認し、ドアノブを戸包さんに回してもらう。扉の奥にはなんとも殺風景なデスク達が並んでいた……ある一箇所を除いて。戸包さんの私物達だろう。


「お待ちしていましたよ、飯間刀治さん」


 声の主は灰色のスーツがよく似合う女性。ヒール込みで俺より身長が少し低いくらいだから、大体百六十センチほどか。


「形対課課長、音藤希里子おとふじきりこです。早速ではありますが、貴方の形質変換がどの程度か見ておきたくて……少し見せてもらえますか?」


「分かりました、では……」


 スーツの袖をまくり、腕に力を込める。浮き出る血管。その中を流れゆく血液の鼓動を感じながら、精神を集中させ……


「ふっ!」


 形質変換。腕の外側部分が、鋭く光る刃に変換される。


「すごいですぅ~!」「ほぉ、なかなか……」


 音藤課長からの評価をもらったので、再び腕に力を込め本来の状態に戻す。

 形質変換自体、まだ発見されて日が浅いため詳しい仕様はまだ不明なのだが、俺の場合はこのやり方で自在に形質変換のオンとオフを切り替えられた。ここにいる二人も、きっと形質変換の調整を可能としているのだろう。


「私のも見ます? はいっ!」


 戸包さんは自身の指をぴんと伸ばし、それを二度曲げる。直後、爪は手の平サイズのメロンパンへと形質変換された。


「どうです、私の爪ロンパン!」


「そ、そうですか……」


 どうです、なんて言われても反応に困る。『危ないヤツじゃない』という彼女の言い分は半分正解で、半分は大間違いだったようだ。


「お二人とも食べます?」


 この人は本当に次から次へと、なんてことを言いだすんだ。オブラートに包んで感想を述べるとしたら、『ヤバい』。


「ありがとうございます。いただきますね」


 音藤課長もすんなり受け入れすぎでは? これがメロンパンを模した別の物質である可能性も……


「しゅごい! これおいひいでふね!」


 あ、美味しいんだ……。形質変換の謎がより一層深まってしまった。なんでこんな得体の知れない力に目覚めてしまったんだろう。そのせいでさらに得体の知れない人達と組むことになったし。ああ、一課が恋しい……。


 ――先が思いやられると滅入ったところに、一本の電話が入る。


「はい、形質変換事件対策課。はい、はい……分かりました。すぐに向かいます」


「事件ですかっ!?」


「ええ。ここから南におよそ二キロ、マンションで立てこもりが起きているそうです。犯人は自身の手を拳銃に形質変換して人質をとっているらしく、それにより私達にも声がかかったわけです」


 なるほど。『形質変換絡み』であれば、事件の程度は関係なく形対課にも出動要請がかかるのか。これはまた大変な課に配属されたな。だが、俺は俺のやれることをやるだけだ。


「行きましょう」「「はい!」」


 マンションの前には住人が不安そうに、事の顛末を立ち入り禁止のテープ越しに見守っていた。俺達は住人達の波をかき分け、やがて現場へとたどり着く。


「形対課の音藤です。犯人の様子は?」


「逃げ遅れた五人ほどを人質にとり、今も七階の一室で立てこもっています」


「分かりました。私から人質を解放するよう、説得を試みます」


 課長は一息つき、


「警視庁形質変換事件対策課の音藤です。これ以上の抵抗はやめ、人質を全員解放してください!」


 辺り一帯に課長の声が響き渡る。さっきの動きからして、声帯をマイクに形質変換したということか。すると、犯人らしき人物がベランダから顔を出しこちらに叫ぶ。


「じゃあ、人質を解放する代わりに金と車だ! そうだな、一人だけ俺の所に来い。そいつに金と逃走用の車を用意させる。携帯や警察と通信できるものは持たせたり車に細工したりはするな。いいな!」


 犯人は語気を強くしこちらを威嚇する。『一人だけ来い』というのは、恐らく一度マンション内で犯人と交渉をする、ということだろうか。それなら……


「俺が行きます」


「飯間、お前……!」


「大丈夫だ。ちゃんと生きて帰ってくるから、お前も一課としての仕事をしとけ」


「……ああ、お前もそっちで頑張れよ」


 どちらからともなく、俺達は自然と互いの手の平を叩いた。


「あんたか。さて、交渉の時間だ」


 マンションの七階で、俺は犯人と相まみえる。


「まずは、人質を全員解放してくれ」


 俺の命よりも人質の解放、これが最優先事項だ。


「金と車は?」


「そんなすぐに用意できるもんじゃない。その辺はもう少し待ってくれ」


 犯人の顔が僅かに歪む。気のせいかもしれないが、単に逃走したいだけには見えなかった。なんだか遠くに消えてしまいたいかのような、どうにもやるせない感じがしたのだ。


「辛いよな、形質変換って。いきなり体の一部がおかしなことになってさ……」


「……お前もか。俺はいきなり手が拳銃に変わっちまってさ、彼女にも逃げられたよ。そりゃそうだよな」


 それが原因か……コイツはきっと、誰とも関わらないような遠い所へと行ってしまいたんだな。


、少し話そうぜ」


「ああ……」


 犯人に人質を解放させる。形質変換に目覚めた者同士、分かり合える部分があるかもしれない。強引に逮捕するよりも、犯人自ら罪を認める終わり方であってほしい。


 ――あくまでだけだが。


「いきなりでびっくりしたよな。どうすれば元に戻るかも分からないし、ましてや拳銃に変わるなんてな」


 犯人は手を銃の形にすると、腰に提げているものと似た形状の拳銃に形質変換される。


「これだぜ……。もう普通の暮らしはできねぇよ」


「だから立てこもりなんてバカな真似をしたのか?」


「そうだよ。俺はもうどうすればいいか分かんねぇんだよ!」


 銃弾。やっと自暴自棄になってくれたな。腕に力を込め、刀身に形質変換。


「危ねぇな……選べよ。飛ぶのは拳か、それともお前の首か」


「うるせぇぇぇぇぇ!!」


 二度目の発砲。右の刀身でこれを防ぎ間合いを詰め、左の拳を


「いぃっ!?」


 犯人の首筋スレスレで刀身が光る。うなだれた犯人を起こし手錠をかける。


「終わりにしよう。午後二時十七分……」


「俺……突然こんなバケモノみたいな体になって、一体どこで間違っちまったんだろう……」


「さあな。ただ、俺達の世話になるのが悪いってことだ……」


 バケモノか……随分な言い方だな。

 こうして、形質変換事件対策課での最初の事件は幕を閉じた。

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形質変換:二刀殴流 最早無白 @MohayaMushiro

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