女だからといって、殴らないとは限らん

佐山の背後から人影が飛び出して、新庄を押さえつけていた人造兵士に飛びかかった。それは月詠であった。

月詠の飛び蹴りが人造兵士の脇腹に命中する。人造兵士は吹っ飛んだ。

「新庄、立て! 走れ! 逃げるぞ!!」

「う、うん」

新庄は立ち上がる。そして佐山が、舞が、そして月詠が駆け出した。

「どうやら、先程の人造兵士は、我々を試すためのものだったらしいな」

佐山が呟きながら走っている。その彼の手には舞が握られており、彼女の顔は佐山の手の中で赤くなっていた。新庄がそれに続く。

その新庄の前に月詠が立ちはだかる。

「退け!」と新庄は言った。

「退かん!」月詠も言った。

新庄が拳を振り上げる。月詠がそれを受けるために構える。だが、新庄は拳を止めて月詠の肩を掴み、そのまま押し倒した。

月詠の額から血が流れる。

「……女だからといって、殴らないとは限らんぞ新庄」「それでも構わない。でも、今は急がないと。あの子たちが危ない」

「……」

月詠が立ち上がり、新庄の手首を掴む。そして、彼女は新庄の耳元で言う。

「なら、一緒に戦おうじゃないか」

○ 地下通路を走る舞達三人の前方に出口が見えてきた。それは天井の低いトンネルで、外の明かりが見える。しかし、その光の中に複数の人影があるのが見えた。

先頭を走っていた月詠が新庄の手首を放した。新庄はその手をもう片方の手で握り締め、佐山と共に走る。

月詠が振り返り、新庄の背に向けて言う。

「ありがとう新庄。お前がいなければ、きっと我々は全員死んでいただろう」「いや、そんなこと……。それより月詠、君が無事でよかった」

「あぁ、新庄もな」

月詠は笑みを浮かべると再び前を向いて走る。

そして、月詠の目に、前方の出口に群がっていた生徒達が映った。彼らは皆、こちらを見ていた。だが、その中に新庄の母親がいるのがわかった。彼女はこちらを見て目を丸くしていた。

そして、彼女の背後には、数十人のゾンビがいた。○ 新庄の母親が口を開く。「……あなた達は……」

「お母さん」

「……どうしてここに……」

「話は後です」

月詠が言い、一歩踏み出す。「お前ら、何者だ?」

「僕らは」と新庄が言う。

「私たちは」と舞が言う。

「君らの味方だ」と月詠が言う。

ゾンビが一斉に動き始める。

「新庄、佐山、私の側を離れるな」

「うん」

「わかった」

ゾンビが襲いかかってくる。だが、それは後方から現れた者達によって阻まれた。それは制服を着た女子生徒たちで、彼女らは手に棒を持っていた。彼女たちは、襲ってきたゾンビを次々と打ち倒す。

「新庄、佐山、行け!」

新庄と佐山は走り出す。だが、そこにゾンビが一体、立ちふさがった。それは、新庄の母だった。

新庄の母は新庄に抱きつき、首筋にかみつこうとした。新庄は悲鳴を上げる。

「やめて!」

新庄は母の体を突き飛ばす。そして、倒れこんだ母に向かって、思い切り頭突きをした。

新庄の視界に火花が散る。

「……かはっ……」新庄はよろめきながら立ち上がり、もう一度、倒れた母親を見た。

母親は白目で口から泡を吹き出している。死んではいないようだったが、気絶しているようだ。しかし、すぐに起き上がってくることは想像できた。

新庄が周囲を見る。

舞と佐山は、新庄の後ろで戦い続けていた。その二人の周囲にゾンビが集まりつつあった。

「新庄!」

新庄は母親の方へ向き直る。そして、ゆっくりと歩き始めた。

新庄の耳に、遠くから声が聞こえてくる。

「新庄さん、早く逃げてください!」

「早くしないと間に合いませんわよー」

「早くしなさいよ!」

その時、舞が新庄に襲い掛かってきた。目は血走り、犬歯をむき出しにしている。鼻は猪のようで手足には吸盤がある。その顔はまさしく獣のそれだった。

「舞!?」

舞は新庄の首に食らいついた。

新庄は舞の頭を両手で掴んで引き離そうとするが、その力は強く離れない。

「舞、駄目だよ!」

新庄は叫ぶ。「お願いだから、正気に戻って!」

舞は新庄の喉笛に噛みついていたが、やがて口を離すと、その牙を新庄の胸に立てた。

「痛ッ」と新庄が声を上げ、舞の体が離れた。舞は床に転がって、体を震わせている。

「……ハァ……ハァ……ハッ……」舞は荒く息をしている。

新庄は舞に近づき、「ごめんよ。成仏してくれ」とナイフを突き刺した。「げえっ!」舞は素っ頓狂な叫びをあげて首を地面に転がした。「舞…許してくれ」

新庄は真っ二つになった舞の死体を置き去りにして走り出した。しかし、身体が鉛のように重くて倒れこんでしまう。全身が焼けるように熱い。新庄は胸を押さえながら、震える足を引きずって歩く。

「新庄! 新庄!」と誰かが呼んでいる気がするが、もう返事をする元気もない。

「新庄!」と月詠の声が聞こえる。

「月詠……? 無事だったんだね……」

「新庄! しっかりしろ! 傷を見せろ!」

新庄は仰向けに倒れる。その横を月詠が走り抜けていく。

「新庄! 今手当てをしてやるから!」

「いいんだよ。僕のことなんか気にしないで……」

「何を言っている! こんなところで死なれたら、私は困る!」

「いいや。近づくな!俺はゾンビに噛まれたんだ。俺の母親も舞もご覧の有様だ。あとは、わかるな?」

新庄は惨殺死体を見やった。ゾンビと化した母親と舞だ。「新庄…」月詠は絶句した。「佐山は?」と新庄が言う。「あいつもやられたのか?」

「いや、佐山は大丈夫だ。彼は私を助けてくれた。あの人造兵士どもと戦えるのは、佐山だけだ」

「そうか。じゃあ、さっさと逃げないとな。でも、この怪我では動けない」

「新庄」と月詠が言う。「新庄、聞いてくれ」

「ん?」

「実は、この施設には隠し通路があって、そこを通れば安全に外に出られる」

「本当かい?」

「ああ。だが、新庄、それはできない。君はゾンビになってしまった。正気でいられるも今のうちだけだろう。さようなら新庄」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る