その感情の意味するところ
「ひ、人質を取りました!」
言って、彼女は頭を下げる。その横ではやはり同じように紙で作られたお椀を被った二人の少女がいた。
三人の女の子は手を叩いて笑った。「やったー」「大成功!」などと声をあげると、「はいはい下がって下って」と言って新庄と佐山を解放すると「ほらあんた達も降りなさい!」「えーもっと遊びたいー」と言い合いながらどこかに行ってしまった。
後に残った二人は、はぁはぁと息を整える。それから互いに視線を交わし合った。どちらも気恥ずかしい表情である。新庄は頬が紅潮しているし、一方の佐山は目つきがやや険しくなって顔が引き攣り始めていた。そして同時に口を開いたのが、二人には同時の動作に思えたが。
先に言葉を言ったのは新庄の方だった。
「……さっきのことだけど」
新庄の言葉に佐山も遅れて、「ああ、先程のことだが……」
「ごめんなさい……」
「こちらこそすまない……」
お互いに俯くのを見て舞が言った。
屋上の縁に座り、組んだ両脚の間に顎を乗せて、二人の方を面白そうな眼差しで見ているのだ。そして葉末は「まったく……」とか呟いているが、その声は新庄にも佐山にとっても聞こえないほどのものだった。
「でも意外ですね……」
新庄が言うと、隣にいた佐山も同じ気持ちのようで小さく同意して見せる。新庄が、え?と言うと佐山が小さく答えた。
「こんな状況だというのに君は全く怯えたりはしないのだなと思って」
「そ、そうでしょうか?」
新庄は戸惑いがちに応え、自分の姿を見回す。上はカッターシャツだけでボタンが取れかかっているところもあったりするし(これは舞が「これも着ておくといいよ。私の替えが入ってたと思うんだ」といって無理やりねじ込んできたのだが)、下だってデニム地のショートパンツで膝が見えており靴は学校指定の上履きだし、胸元は大きく開いて下着が見えてしまっているし……どこをとっても頼りなく不安感を覚えてしまいそうだが、それでも恐怖や混乱より羞恥や申し訳なさの方が強く感じられるのだ。
新庄は自分の胸を軽く押さえる。佐山の顔を見ることができない。
彼は、今、何を思っているのだろうか、と考えた途端胸の鼓動が高まった。その感情の意味するところがよくわからないが、胸の奥に温かいものがこみ上げてくる気がする。新庄は胸を押さえ、佐山の方を見ると彼の方もまた、顔を赤くしつつ困っているように見えるのだ。それは新庄と同じような状態になっているということなのだろう。彼は一度咳払いをし、空に向かって声を上げる。
「まあ、ともかく」
言いかけた時、地面が大きく揺れた。「地震だっ!」
どーんと爆発音がして佐山が地割れに呑まれた。裂け目から溶岩が噴き出す。佐山はあっという間に蒸発してしまった。骨も残らない。新庄が佐山の方に駆け寄るのと時を同じくして校舎の壁が崩れ落ちた。壁と一緒に大量の瓦礫が流れ込み教室ごと押しつぶしていく。佐山はその中へと姿を消した……。
そして校庭に突然現れた巨大な機械兵器。全高10メートルほどはあるかという巨大で武骨な鉄の塊だ。その表面にはびっしりと銃らしきものが備えられていることがわかる。そして一番大きな武装は砲門と思われるものでそこから発射されたのは砲弾ではなかった!炎だった!しかも、 ドォン! という爆裂音と共に辺り一面の大地を灼熱させる。そして同時に起こった振動と風圧が周囲を吹き飛ばす。新庄のスカートを捲らせ下着を見せた後でグラウンドの砂埃をまき散らしていく!……これが……あの佐山の言っていた……七不思議の正体なのか!?……新庄は混乱しながら佐山を思うが今は彼のことを考えている場合ではないと自分に鞭打つと立ち上がる! 彼女の手の中にある一枚の紙。それは、新庄が書いたものであった。彼女はその紙の表に書かれていることを口にする。「下田モーニングブギの歌。佐山の遺書。こ、これはっ?!」新庄が目を見張って驚くのと同時に紙は宙を舞い風に飛ばされた……紙飛行機のように。彼女はそれを追っていくと飛んで行く方向を見る。すると佐山の姿がそこに見えた。佐山は走りながら右手で口を覆うようにし左手を突き出している。
そして彼の前に立っているのは、舞であった。彼女が紙をつかんで掲げると佐山に背を向けながら叫ぶ
「この遺書の通りに佐山くんは行動していますのね!」
彼女は、紙を広げる。そして読み上げ始めた。そこには、このようなことが書かれてあった。
――新庄、君の作るのを見ていた。簡単だったな。佐山
「何てことだ!!」
「どういう意味だよ佐山!お前新庄の作ったあれを見たのか!?おい!佐山!」
新庄が必死で声をかけるが佐山はそれに気付かぬ様子で走り続ける。
佐山の前には二体の大きな獣がいた。
狼の如き姿を持つ生物だ。鋭い爪を備え、口からは長い舌を出しているその姿はまさに野生を感じさせるものであり、事実そのとおりなのだ。彼らは人間を食うためだけに作られた存在である。そして今は、人間の女二人を捕えようとしているのだった。
「逃げますわ佐山くん!何とかして逃げましょう……って、ちょっと聞いていますの? 逃げますの佐山くん!!」
しかし、佐山はそれを無視し新庄を捕らえようとする一体の牙を間一髪で避けるとその背を蹴飛ばした。そしてもう一体に体ごとぶつかる。狼は地面に倒れこむ。だが倒れた直後に立ち上がり、再び襲いかかろうとしてきた。しかし今度はそれを許さず蹴りつける。更に腹を殴りつけ、首筋を殴る。その度ごとにびくびくと痙攣し、やがて動かなくなる。
佐山はそれを見下ろしながら呼吸を整えようとした。息が荒いのはそれだけ緊張しているためであろう。だが彼はすぐにその場から離れる。まだ安心はできないのだ。もしまた別の一体が現れたとき新庄を連れて逃げることはできないからだ。新庄と佐山は廊下を走っていく。
二人は追われていた。その正体が何か、新庄にはわかっていた。
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