彼女に全てを捧げようと決めたことだ
「ん……あ、ああっ……」
身を捩らせる新庄を見ながら、佐山は思う。
この行為は、自分にとって一体何なのか、と。
新庄を助けるため? それもあるだろう。だがそれだけか? 本当にそれだけだろうか? 佐山は自分に問う。そして答える。解らない、と。
しかし、一つだけ確かなことがある。
新庄が助けてくれと言ったとき、自分は彼女を助けたいと願ったことだ。
新庄が自分を信頼してくれた時、彼女の期待に応えたいと望んだことだ。
新庄が女だと知った時、彼女に全てを捧げようと決めたことだ。
佐山は新庄の胸に手を添えたまま、彼女を真っ直ぐに見つめる。
「どうしたの? 佐山くん……」
新庄は頬を染めながらも問いかけてくる。
「何か、変だよ……。いつもの佐山くんじゃ……」
「ああ、そうかもしれないな」
佐山はそう答えてから、新庄の唇を奪った。
新庄が目を大きく見開く。
それはほんの数秒のことだった。
佐山の唇が離れると、新庄の顔は真っ赤になっていた。彼女は慌てて顔を背けようとしたが、それより早く佐山が動き出す。両手を伸ばして彼女の肩を押さえた。そして再び口付けをする。今度は舌を差し入れてきた。新庄が驚いたように目を丸くし、体を震わせる。佐山はそれを見て、右手を新庄の首筋へと這わせた。首の根元から鎖骨へかけて指先でなぞり、左の乳首を軽く摘む。
新庄は、あう、と小さな悲鳴を上げて、それから、
「やめ……、あ、あ、あ……」
と、途切れがちな声で呟いた。
佐山は左手を新庄の股間に伸ばす。新庄の茂みは薄く柔らかい。佐山は中指の腹でその部分を擦る。びくりと新庄が震えた。そのまま佐山は人差し指も使い、二本の手で新庄の秘部を撫ぜ続ける。
「やめて、お願い、止めてよぉ……」
新庄の声が小さくなっていく。息が荒くなる。体が小刻みに痙攣するように揺れ始める。
佐山はその反応を楽しむかのように、何度もそこだけを責め続けた。
やがて新庄が切なげに、
「さやま……くん……」
と名前を呼んだ瞬間だった。
佐山は新庄の体から手を離す。同時にベッドから離れ、床に転がっていた自分の鞄の中から財布を取り出し、そこから紙幣を取り出す。
佐山は自分の行為を恥じていた。
新庄が苦しんでいるというのに、自分は己の欲望を優先してしまった。
新庄が助けを求めたのは、自分が男装していたからだ。
彼女が女だと知られた場合、新庄は責任を取る必要が出てくる。
その可能性を考えていながら、佐山は新庄の体に溺れた。
だからこれは当然の報いだ。
新庄を助けたいという気持ちよりも、彼女との行為を選んだのなら、罰を受けるのも道理だ。
佐山は、新庄と新庄が持っていたバッグを担ぎ、部屋の出口に向かう。ドアノブに手をかけたとき、背後から声がかけられた。
「佐山くん、待って」
新庄だった。
彼女は上気した顔のまま、ゆっくりと立ち上がって佐山を見る。
「ごめんなさい。佐山くんがこんなことするなんて思ってなかった」
「いや、謝ることではない。私が悪いのだから」
「違うよ。僕が悪いんだよ。だって僕は、佐山くんを騙してたんだもの……」
新庄は佐山の方を見つめる。そして、言う。
「でも、佐山くんにだけは、本当のことを言っておきたかった。僕のこと、知って欲しかった。それが駄目なことなのは解ってたけど、それでも、言わずにはいられなかった」
新庄は佐山に歩み寄る。佐山もまた新庄に近寄った。
二人は互いを抱き締め合う。互いの体温を感じる。
「ありがとう、佐山くん。助けてくれて。嬉しかったよ。本当に……」
「礼を言うのはこちらだよ。新庄、君のおかげで私は……」
新庄は佐山の言葉を止めるように、彼の胸に額を押しつけた。そして小さく笑う。
「佐山くん。あのね」
「何だい?」新庄は少しだけ間を置いて、
「僕達の関係だけど……。このままでいいと思うんだ。何もなかったことにして、今まで通りに……」
佐山は新庄の頭を撫でながら、
「そうだな。それもいいかもしれない」
「うん。……そうしよう。それで、もしまた何かあったら、そのときは、お互いのことをちゃんと話し合おう。そして、一緒に乗り越えよう」「ああ、そうするとしようか」
佐山は新庄を優しく抱き寄せる。
「さあ、そろそろ出なければ」
佐山は新庄の手を取り、歩き出した。
エピローグ 翌日の昼休み、佐山は屋上で一人昼食を取っていた。
今日も風が強く、肌寒い。
だが、そんなことは気にならなかった。
佐山はパンを齧りつつ、空を見上げる。雲一つない快晴。昨日の雨が嘘のようだ。この分では午後の授業は体育になるかもしれない。
佐山は新庄のことを考える。
新庄とはあれから話をしていない。ただ、彼女はいつものように接してくれている。それだけでもありがたいことだった。
「…………」
佐山は考える。
自分と新庄はこれからどうなるのか。
自分は彼女に秘密を持っている。そのことをいつか彼女に伝えるべきなのか。
しかしそれは今ではないだろう。
まだ早い。今はまだ言えない。
それに、新庄の秘密を知ることで、自分が新庄に対する見方を変えるかどうかということもある。
佐山は思う。
もしも新庄が自分のことを全て知ったとしたならば、その時、自分は新庄に対してどのような態度を取るのだろうかと。
「さあ、どうかな……」
と、呟いたときだった。
「おおー、ここが噂の男子禁制の楽園じゃ!」
元気の良い声とともに、屋上への扉が開いた。現れたのはツインテールの少女、月村真由だ。
彼女は屋上に入るとぐるりと周囲を見回す。それからフェンスに駆け寄り下を見下ろす。
「うわぁ、高いですねぇ。飛び降りたら死んじゃいますよね? 死ぬほど痛いんでしょうし」
真由は振り向くと、手招きをした。その先にいるのは、新庄と佐山の二人である。
二人は一瞬顔を見合わせたが、すぐに立ち上がって屋上の中央に歩いていく。
「お待ちしておりましたわ、二ノ宮さん! さあさ、早くわたくし達の横にいらっしゃいな!」
「えっと、失礼します……」
「……」
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