KAC2022 山寺の二刀流

かざみ まゆみ

第1話 山寺の二刀流

 徳川家が江戸に幕府を開いてから十数年。


 各地ではいくさの気配も消え平穏を取り戻しつつあった。


 下総国しもうさのくにの山奥にある村の外れに一軒の山寺があった。


 山寺のあるじである和尚。


 名を房州ぼうしゅう石守いわのかみ孝宗たかむねと言った。


 仏門へ帰依したとは思えぬ名であったが、かつては数々の戦場を渡り歩いた武士であった。


 剃髪ていはつで顔には深いしわがあったが、身の丈は常人を遥かに超える大男で未だに腕力かいなぢからは衰えていなかった。


 その剣術は二振りの刀を振るい、かの宮本武蔵を彷彿とさせる剣豪として近隣諸国に知れ渡っていた。


 今でもその名と剣を頼り、山寺まで訪れる者が後をたたない。




 とある大名の使いが来て孝宗にこう言った。


石守いわのかみ殿。この度、当藩の剣術指南役を新たに召し抱えるのだが、お主も存じておる大須賀おおすが忠勝ただかつ殿と願生寺がんしょうじ常成つねなり殿のどちらが良いか決めかねておる。石守殿はいかに?」

「拙僧の見立てでは双方の腕は互角。ならばより若い大須賀殿を指南役に据えるのが宜しいかと」


 使いの者は孝宗の言葉に満足し国へ帰っていった。




 つい先日も幾つかの山を超えた先にある村の名主から、峠に住みついた追い剥ぎの一団をどうにかして欲しいと依頼を受け出向いていた。


 孝宗は山を越えて追い剥ぎ共を討つと、名主から銭十貫を受け取り帰路につく。




 山寺へ帰路の途上、寒村の外れで二人のわらべたちに出会った。


 腹を空かした妹を連れた兄は孝宗に何か恵んで欲しいと請う。


 このままでは行き倒れになると案じた孝宗が握り飯を与えると、兄妹は争うように頬張った。


 命を救われた礼をしたいと申し出る二人を孝宗は山寺まで連れて帰る。




 孝宗は湯を沸かすと薄汚れた兄妹を風呂に入れさせた。


 二人が湯に入っている間に孝宗は夕餉ゆうげの支度に取り掛かる。


 一人での暮らしが長いゆえに煮炊きの腕は確かなものである。


 湯上がりの兄妹は孝宗が用意した着物に袖を通し、夕餉を共にすると暖かい部屋と食事に安心したのか急激な眠気に見舞われる。


 孝宗が襖を開けると既に寝床の支度が終わっていた。


 眠気に耐える兄妹を招き入れるとそっと襖を閉める。




「兄妹か……。今宵は久しぶりに楽しめそうじゃのう」


 孝宗は夜も二刀流であった。

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