デュラハンと呼ばないで!~ワケありサムライ少女の異世界斬首旅録~

R・S・ムスカリ

序章

〈序章・シーズン1〉

01. 大量殺戮者の転生

 キリスト暦16XX年――改メ、慶長の時代。


 小倉藩にて、浪人による道場破りが起こった。


 名のある剣術道場の門下生五十余名が死に、場を収めようとした役人までもが斬られた。


 悪鬼の所業。地獄絵図。


 大捕り物の末、奉行所は多大な犠牲を払って浪人を捕えた。


 浪人は道場師範への報復が動機だと語り、師範の不義を訴えたが、聞き入れられず斬首刑に処せられた。









 ◇









「いやはや、凄まじい最期じゃのう」


 私が目を覚ました時、目の前には長い白髭を蓄えた老人が座っていた。

 真っ白で清潔な衣と袴を身に着けたその人は、禿げ上がった頭を掻きながら、糸のように細い目でじっと私を見つめている。


「あなたは?」

「わしか。わしは神さまじゃよ」

「神さま……」

「信じられんかね。まぁ、急にこんなことを言われても信じられんか」


 この枯れた老人が神?

 たしかに見た目だけなら神社の神主っぽいけれど、私が想像していたものとはずいぶん違う。

 神とは、もっと巨大で太陽のように眩しい存在かと思っていたのに……。

 これじゃ枯れ枝を振るっただけで仕留められそうだ。


「おぬし、物騒なことを考えるのう」


 ん?

 今、私は思ったことを口にしていないのに……。


「枯れても神さまじゃからな。おぬしの心くらい読めるぞい」


 どうやら神さまというのは本当らしい。

 いつまでも足を崩しているのも失礼だろうから、とりあえず正座になろう。


「ここは?」

「謁見の場とでもいうのかのう。混乱せぬよう、おぬしの記憶から再現した空間じゃから見慣れた光景じゃろ」


 私が居るのは、どこからどう見ても茶室だ。

 四畳半ほどの広さの部屋に、私は神を名乗る老人と向かい合っている形になる。


 ……おや?

 なんだか目の前の光景に違和感があるな。


「ようやく気付いたか。おぬし、自分の頭がどこにあるかわかるか?」

「……膝の上に乗っています」

「うむ。おぬしは斬首されて胴から首が離れた。ここには死んだ時点の姿で呼び出されるから、その状態なんじゃよ」


 ……今まで気づかなかった。

 私は座ったまま膝の上に自分の頭を乗せていた。

 寝ているわけでもないのに視線が低かったのはこういうわけか。


「これは失礼を」


 私は自分の頭を抱えて、首の上に戻した。

 ……おっ。

 思いのほかぴたりとくっつくな。


「そのまま手を離さん方がいいぞ」

「えっ」


 手を離した瞬間、頭がポロリと首から落ちてしまった。

 私の頭は鼻先を畳にぶつけ、ゴロゴロと壁際まで転がっていってしまう。

 目が回る……っ。


「言わんこっちゃない」

「あわわわ……」


 私は畳をはいずって頭を手に取ると、改めて首の上に戻した。

 今度は手を離すことはしない。


「おぬし、意外と抜けとるのう。時の剣豪も真っ青な大量殺戮を起こした人間とは思えんぞ」

「殺戮ではありません。あれは天誅です」

「ふむ。そのことについては知っておるよ。友達を酷い目に遭わされたのだから、怒るのも当然じゃ」

「行き倒れていた私を助けてくれた命の恩人ですよ。そんな彼女が無惨にも犯されて殺されたのです。あの男も死で償うべきです」


 今思い返してもはらわたが煮えくり返る。

 私の目的はあの男だけだったのに、取り巻きが邪魔をしてきて思わず斬ってしまった。

 惜しむらくは、あと一歩のところで奉行所の連中に取り押さえられてしまったこと。

 もう一振りする猶予があれば、確実に胴から首を切り離していたものを……!


「殺気が漏れておるぞ。まさに鬼神の如く荒々しい気性じゃのう」

「……父にも同じことを言われました」

「そのようじゃな。お父上の心労には同情するわい」


 ……父の心労、か。

 家を飛び出して三年余り。

 もうあの人を父親とは思っていない。

 そんなことよりも。


「私は地獄に落ちるのでしょうか?」

「ん? なんじゃそれは。おぬしの時代の宗教ではそういう教えがあるのか?」

「罪人にはそんな罰があると聞いたことが」

「そんなものありゃせんよ。通常、人間は死すれば輪廻の輪に戻るだけ」


 神さまは手元に茶碗を出すと、私に差し出してきた。

 どこから出したんだろう?

 いや、それよりも茶碗を受け取らないといけないのか。

 両手を離したらまた頭が落ちてしまうから、片手で受け取らないと。


「失礼します。……あっ」


 手に取った瞬間、茶碗の中に緑色のお茶っぽい液体が溜まり始めた。

 どうやって出してるんだろう?

 いやいや、それよりもこのお茶を飲めということだろうか。


「この世にはいくつもの世界が並行して存在する。おぬしの生きた世界もそのうちのひとつなのじゃ」

「はぁ」

「そして今、あるひとつの世界が滅亡の危機に瀕しておる」

「それはまた大仰な」

「おぬしの魂には、人の器に収まりきらぬ勇者の素養がある。その魂に見合った肉体と環境を与えるゆえ、くだんの世界に転生して滅亡の根源を打ち倒してくれんか?」


 魂?

 勇者??

 転生???


 ……何を言っているんだ、この老人。

 もしや別の世界にいる悪党を私に倒せと言っているのか?


「その通りじゃ!」

「……悪党をぶち殺せるのなら構いませんが」

「言い方が物騒じゃが、まさしくその使命を託したいんじゃ」

「なんとも奇妙な使命ですね……」

「記憶や今の肉体こそ失うが、転生によっておぬしは異世界で新たな人間に生まれ変わる。それも、本来の魂の強さに釣り合う肉体と立場を備えた上でじゃ!」

「よくわかりませんが、私が・・強くても・・・・誰も気にしない形で生まれ変われるということですか?」

「そうじゃ! その認識で合うとるよ!」


 首もこんなだし、新たな人生も悪くなさそうだ。

 今の話なら次の人生も武芸者として生きていけそうだし、なんなら私に都合のいい家柄に生まれるみたいだし。


「ちなみに、断ったらどうなります?」

「まことに残念じゃが、おぬしの魂は霧散し、輪廻の輪へと還元される。次に生まれ変わるのは人か動物か昆虫か……わしにもわからん」

「ぜひ転生を!」

「決まりじゃな」


 老人は手元を口まで持っていく素振りを見せた。

 私が持っているお茶を飲め、ということか。

 ……老人が頷いている。

 お茶は好きじゃないのだけれど、好条件で生まれ変われるというのなら泥水でもすする。


「んっ」


 一口で飲み干した。

 ごく普通のお茶の味だった。


「アマギリ・サキよ、聞くがよい――」


 突然、気が遠くなってきた。

 ぼんやりとする視界の中で、かろうじて老人の声だけが聞き取れる。


「――次なる人生、おぬしは勇者として魔王を打倒する運命が課せられる。通常の器に収まらぬ歴代勇者と同格の輝ける魂。前世は誤って求められぬ世界に生まれてしまったが、来世こそはおぬしが一生を燃やすに足る世界となろう」


 ……あっ。

 頭が畳に落ちた。


「目が覚めればこの記憶も忘れる。さらばじゃ勇者よ。おぬしが使命を果たすのを期待しておるぞ」


 十七年ともに過ごしたこの体ともお別れか。

 長い間、私のわがままに付き合ってくれてありがとう。

 次こそは男どもに舐められない姿で……。


「そうはさせないよジジイ!!」

「ぬわっ!? お、おぬしなぜここにっ」

「そいつの魂にはたった今、あたしが呪いをかけてやった。なんでも自分の思い通りになると思うんじゃないよ!」

「呪いじゃと!? この馬鹿者め、なんてことを……」


 何? 誰?

 なにやら言い争う声が……。


「あたしの支配域で好き勝手させないよ。人間が苦しむ世界こそ、あたしが思い描く理想の世界なんだからねぇっ!!」

「この邪神めが! そんな歪んだ世界を認められるわけが――」


 ……声が……遠ざかっていく。

 意識も……消えていく。


 光が――

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