Teen Grave
珈色かぷち
10代の墓場
転機だ。人生の転機。運命の分かれ道とも言える。
あれから3週間経った。だけど何一つ進展はしていない。むしろ、このドン底でのたうち回っている低俗な生活にますます呑まれていく。
「それでいいんだ?」
カッターナイフの刃を出したり引っ込めたりしながら、そいつはこちらを見てくる。
気持ちの悪い笑顔だ。まさしくそれは、自分の顔。
金髪に黒いメッシュの派手な頭髪に、着崩しただらしのないワイシャツ、まるで調子に乗った不良学生みたいだ。
「不良?ヒトのこと言えないと思うけどね」
「うるさいなあ。」
「いつまで子供じみた非行に酔ってるのか知らねーけどさ、好きでもない煙吸って、楽しくもないドラッグに溺れて、アンタは幸せかい」
それもそう。僕はあと43日で大人になるご身分だ。
未成年飲酒も、未成年喫煙も出来なくなる。
してもよくなる。するのが普通になる。
10代を盾にすることも。幼さを武器にすることも。
大人に甘えることも。
「でも今の僕は、それしか方法を知らない」
「他にもっとやる事あるんじゃねえのかな」
「というか煙草は正直良さがわからないけど、ODと飲酒に関しては好きでやってんだよ。ほっといてくれ」
「の、わりには中々依存しないよなあ?無くても生きていけるくせにね」
「本当に無くても生きていけるなら、こんな事になってねえよ」
何に縋ることで真っ当に生きることが出来たのか。
人を傷つけず、ぞんざいに扱わずに済む方法がわからなかった。
色んな場所に、たくさんの友達がいて、家族と呼べる人間もいっぱい居たはずなのに、
今はそうする相手すらもいない。そんな未来はとっくのとうに見えていたはずなのに、対処しようとしなかったのは、誰だ。
お前だよ。
「"だってだって、ぼくまだこどもだからどうすればいいかわかんない!" そうやって逃げてきたの、お前だよ。」
そうだね。
きっと罰を受けてるんだ。
この数年間に積み上げてきた罪を、僕は一生をかけて贖罪しなければいけない。長い長い、苦しい罰を。
そういう人生。
「人間って本当に愚かだよな。お前は幸福に溺れすぎたんだよ、十也」
「恵まれて満たされている幸福な生活はこんなにも儚く散るんだね」
虚空に向かって両手を広げてみる。抱き止められるのをただ待っている子供のように。
いや、まさしくそれなのだ。
何かに期待して、居もしない誰かが迎えに来てくれるのをずっと待っている。
子供の頃のままの姿で、君は迷子になって、手を引いてくれる大人を、その誰かと再会できる時を待っている。
だけど、僕が会いたいのは過干渉の実母でも、アル中の実父でもない。
あいつらの事はもう、最近ではほとんど夢にすら見なくなった。フラッシュバックも無い。
なんとなく僕は、嫌いな人間に対しては昔から屈強な精神をしている気がする。母親に似たのかな。
「ただあの人に会って謝れたら良い。だけどそれが出来ない」
「手紙に書く内容も決まっていて、住所だって知っていて、それで何故躊躇う?」
「この感情が何かわからない。こんなの初めてなんだ」
考えても考えても。
天邪鬼になる心理も、反抗的な態度を取ってしまう原因も何もわからない。
こんなにも後悔しているのに、もし今会えても僕が出来るのは悪態をつく事だけだろう。
初めて愛をくれた人。
仕事でやってるわけじゃない、福祉とかそういう話じゃない、本当の家族とは何なのか、それを知っていて、人に愛を教えられる人。
僕はあの人のことが忘れられない。
時間が経って忘れられるとも思えない。瀬谷くんの事だって未だにふとした瞬間、フラッシュバックする。実際にその死に立ち会ったわけでもないのにね。
「…でも結局さ、やるかやらないかの二択なんじゃねえの」
「え?」
暫く黙り込んでいると思ったら、思い立ったように喋り出した。
「謝りたいんだろ、会いたいんだろ?また仲良くしてェんだろ?」
「…うん」
「ならもっと単純に考えろ。まず何が出来る?馬鹿じゃないんだから、少し考えりゃわかるんじゃないのか」
「手紙を送る、しかない」
「だろう。行動しないで何か変わると思ってくれるなよ、今変わらなければお前は本当に、贖罪の日々を過ごす人生になる」
しない後悔より、する後悔。
よく耳にするようなありきたりな言葉が、今の自分には染みる。
「だけど辛い現実と向き合うよりも目の前の快楽に溺れそうになるんだ。お前と喋ってる今も薬を飲みたい衝動と戦ってる。勉強だってあれから一切手付かずだ。どうしたらいい」
涙ぐんで訴えかける。お前との対話はそのためにあるんだ。自分との戦い。
どうしたらいいのかわからない。
薬や酒にも弱いけど、人からの愛には本当に弱い。目先にある上っ面の愛でも良いから、今すぐに満たされたい。
辛い現実を乗り越えて掻き分けて手に入れる真実の愛と幸福よりも、薄っぺらくて軽くて簡単に壊れる嘘の愛を選びたくなる。そんなものでは、心の根っこまでは満たされっこないのに。
「今のままじゃお前は"学歴コンプ"再復活だな」
失笑して、煙草の煙を吐きかけられる。自分にそっくりな人間に馬鹿にされると非常に腹が立つものだ。
履歴書に、学歴という黒い歴史が付いてしまう。
白紙なら努力次第で良い歴史を書き足せるから、まだいいのだ。何よりも怖いのは消せない黒歴史。
「中卒ならまだしも、高校中退なんか冗談じゃないね」
「じゃあここから切り替えられるか?」
「え」
「もうわかったろ、こんな場所にただ居たってお前が求める愛を探すのには向いてない」
ぐらつく。
堕落した環境に甘えていたい。この駄目人間!
結局、根本は親のスネかじりのニートなのだ。ただ誰かに愛されて甘えていられるならそれでいいんだろう。
でもそろそろ、重い腰をどうにかしてあげなければいけない時が来ている。
「それに、どうせ薬は飲む羽目になる。嫌でも病院には通わなきゃいけないんだから、また行きたくないだのなんだの駄々こねたとしても、もう今度こそ行かないっつー選択肢はオマエの中に無いはずだ。飲まなくていい物まで何でわざわざ飲む」
「わからない、本当に天邪鬼なんだ。面白いくらいに。処方された薬は飲みたくないのに、自分で買った薬なら飲める。なんで?」
「その点はまだ俺にも答えを出せねえけどさ、ツンデレも大概にしろよな」
「本当に。こんなの二次元だけでいいよ、お前とかな」
「俺はアンタと違って素直な方だぜ?感情に支配される幼稚なお前とは対極にある存在、理屈や倫理だけで動くからな」
精神世界の、もう一人の自分。
"あの日"から僕はこいつと共存して、常に自分が今正気でいるどうかを見極めている。
「わかった。わかったよ、もうこれ以上絶望しながら生きるのは嫌だし。動くよ」
「指切りしろ。お前、絶対何かと言い訳つける」
「カッターで?はい、どーぞ」
「バカ」
指を差し出す。乱暴に小指を絡まれ、苛立った調子で指切りげんまんを歌うのが面白くて、つい笑ってしまった。
土曜日、晴れ。
今日はとても肌寒くて、冷えた手を温めてくれるぬくもりが恋しくなる、だけど温もりだけでは何も満たされないような、泣きたくなるような、世界が早く滅べばいいのにと願うような、そんな日でした。
あしたは、手紙を書きます。勉強もします。こいつと誓ったから。僕はきっと頑張れる人だから、自分が表舞台に立つ人間だとまだ信じているから。絶対に。
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