素直なヒーローとツンデレ異世界人【エピソード0】

双瀬桔梗

ヒーローと異世界人を見守る高校生の話

「スナオズ! 覚えてろよ!」

 悪役がよく発する典型的な言葉を合図に、倒れていた戦闘員達は退却準備を始める。

 異世界人『ツン・デーレいちぞく』がやってきて、かれこれ一年。

 ツン・デーレの目的は世界征服……ではなく、友達を作ること。そのため定期的に、東京の上空に浮かぶ城『エベ・ツン・ブルク』から地上に、怪人と戦闘員(という名のつきそいにん)を引き連れてやってくる。しかし、その名の通りツンデレであるがゆえに毎回、地球人と友好関係を築けないどころか、照れ隠しに暴れてしまう。そして、『ツン・デーレ一族』に対抗すべく作られた組織、『デレデレ部隊スナオズ』との戦いに敗れ、城へと帰っていく。自家用ジェットに乗って。




 『エベ・ツン・ブルク』内部、戦闘員付添人更衣室。

「はー……疲れた……」

 わいわい賑わう人が多い中、深い溜息をつく戦闘員付添人が一人。学校の制服に着替えた高校生、りゅう とう

 彼は、ツンとした表情の白黒全身タイツバイトの制服をロッカーに入れ、同僚達に挨拶してから早々に更衣室を後にした。

 透真がツン・デーレの元で、戦闘員付添人のバイトを初めて約半年。登録していたバイト求人サイトで、『ツン・デーレ一族 戦闘員付添人大募集』の文字を見たとき彼は目を疑ったものの、給料の良さにつられて応募してしまった。


 “この世界の人間と仲良くなりたいから、その架け橋的存在になってほしい”


 面接後、即採用となったが、透真はやっぱり辞退しようと思っていた。けれど、ツン・デーレ一族のおさである、エベレスト皇帝から直々にそう言われ、戦闘員付添人になることを決意したのだが……ツン・デーレ達は一向にない。

 どの怪人も幹部クラスの異世界人も軒並み、“ツンデレ”のの部分を見せず、悪の限り十割ツン行動を繰り返している。「友達になってほしい」と言えず、毎度、壊れない程度に物を蹴り倒したり、怪我をさせないよう手加減しながら一般市民を襲う。しかも最近は、市民側も気がついている。ツン・デーレが本気で世界征服をする気などないことに。

 市民は明らかに怖がっているフリをしている。透真は戦闘員付添人として、怪人や幹部達に合わせて暴れるフリをしているので、嫌でも気がついてしまう。おまけに透真は今日、優しいおばさまから飴をもらった。

 一向に、友達作りという目的を果たせず、悪役としての威厳もなく(これは必要ないが)、これでは何も知らない市民からすれば、目的不明の謎集団である。

「何のための戦闘員付添人なんだよ……」

 ステルスエレベーターに乗り込んだ透真は、ぽつりと呟いた。

 掛け持ちでもう一つバイトをしているし、戦闘員こっちは辞めてしまおうかと、透真は考えている。理由は戦闘員付添人としてのやり甲斐がないからだ。

 “給料がいい割に結構、楽なバイトだ”と、バイト仲間達は言うが、透真としてはもう少し己の存在意義や、戦闘員付添人としてのやり甲斐がほしいと思っている。


 家計のこともあるから、辞めるなら掛け持ちOKの新しいバイトを探さないとな……。


 透真は、四人の妹弟きょうだいと体の弱い父親を思い浮かべながら、求人サイトを開いた。




「良い子の皆〜こんにちは! 僕はデレデレなチベットスナギツネの妖精『スナデレくん』デレ〜それじゃあ早速だけど、皆でスナオズを呼ぼう! せーの、スナオズ〜!」

 晴れ渡る空の下。透真は着ぐるみの中に入って、舞台の上に立っていた。

 透真は今日、『デレデレ部隊スナオズ』のマスコットキャラクター『デレスナくん』として、PRイベント&ヒーローショーに参加している。デレスナくんの着ぐるみの中に入って、進行や盛り上げ役としてスナオズをサポートする……これが、透真のもう一つのバイトだ。

 スナオズはツン・デーレとの戦闘以外に、第一土曜日の朝昼二回、一般市民と触れ合うイベントを行っている。他にもショッピングモールなどから声を掛けられれば、いつでもどこにでも行くフットワークの軽いヒーロー達だ。

「良い子の皆! 僕と一緒にスナオズを応援してほしいデレ〜せーのっ! スナオズ頑張れー!」

 イキイキとした声と、着ぐるみとは思えない俊敏な動き。ツン・デーレの戦闘員付添人をやってる時は目が死んでいるのだが、着ぐるみの中の透真はとても楽しそうだ。

「良い子の皆ありがとう! これからもスナオズの応援よろしくデレ〜それじゃあバイバーイ」

 最後までスナデレくん役をやりきった透真は、舞台裏にある控え室へ向かう。

「透真、お疲れ! 今日もいい動きしてたな!」

「うんうん! スナオズの六人目の戦士にしたいくらいッスよ〜」

 一足先に控え室に戻っていたスナオズのメンバーに迎え入れられながら、透真は着ぐるみの頭を取り、「お疲れ様です」と笑顔で返す。

 スナオズの熱血リーダーであるスナオレッド・あかみねはデレスナくんの頭をひょいっと取り上げ、元気いっぱい末っ子キャラのスナオイエロー・かわは透真の頭にタオルをかける。

「透真クン、暑かったやろ。しっかり水分取りや」

透真とーまお疲れ様。良かったら、これ食べてくれよな」

 冷静沈着で関西出身のお兄さんスナオブルー・あおは冷えたスポーツドリンクを手渡し、無邪気な兄貴肌のスナオホワイト・ゆきしろははちみつレモンの入ったタッパを差し出す。

 スポドリを飲んで、はちみつレモンを口にしてると、誰かが着ぐるみを軽く引っ張った。透真が振り向くと、ぼくっほわほわ系お姉さんスナオピンク・が立っていた。

「これ、持って帰ってね。ぼくのお気に入りのお菓子たちだよ」

 言いながら百々野は大きな袋を指さした。

「皆さん、いつもありがとうございます」

「こっちこそ、いつもありがとな!」

 紅峰はニカッと笑い、他のメンバーも各々穏やかな反応を示す。

 スナオズのメンバーは名前の通り、本当にみんな素直で、優しい。だから、透真は仕事のやり甲斐だけでなく、居心地の良さも感じていて、このバイトが大好きだ。


 和やかな空間に、受信音が響く。音の出処は机の上に置いている、透真のスマホからだった。

「……」

「透真クン、どうしたん?」

 画面を見たまま固まる透真に、碧志が問いかける。

「掛け持ちしてるバイトに欠員が出たそうなので、今から行ってきます……」

「ってことは今からツン・デーレ達が来るってことッスよね? ジブン楽しみっス!」

 透真の言葉に樹乃川はワクワクしている。ちなみに、透真がツン・デーレの戦闘員付添人なのも、スナオズのマスコットキャラの中の人であることも、両組織は知っており、特に問題視してる者もいない。

「あまり無理するなよ、透真とーま。オレ達にできることがあれば何でも言ってくれよな」

透真とーくん、これ食べて元気だして?」

 肩を落とす透真の肩を、雪城はぽんと叩く。百々野は袋を開けたチョコ菓子を、背伸びして透真の口に入れた。




 透真はスナオズの面々に見送られながら、『エベ・ツン・ブルク』へ急いだ。更衣室で戦闘員付添人の制服に着替え、同僚数人とジェット機に乗り込む。そのあとに怪人と、幹部の一人『タシターニ騎士』が搭乗し、ジェット機は透真がさっきまでいた野外ステージ目指して出発した。


 タシターニ騎士が今回の交渉人か……寡黙で、常にツンとした態度を取っているこの人を送り込むなんて、本気で友達を作る気はあるのか?


 透真はぼんやりとそんなことを考えながら、窓から外を眺めた。

 野外ステージ上空から戦闘員付添人はパラシュートで、怪人とタシターニ騎士は華麗に地上に降り立った。だがしかし、タシターニ騎士がスナオズに「友達になろう」と言える訳もなく……今日も今日とて、戦闘になり、スナオズに優しく峰打ちされ、怪人がお決まりの捨て台詞を言ってから城へと戻ったのだった。


 よし、今から戦闘員付添人を辞めると伝えに行こう。


 同じことの繰り返しに飽き飽きした透真は、そう決意し、城内を早歩きしていた。

「二竜透真」

「エベレスト皇帝!?」

 バイトを辞めると伝えようとしていた相手……エベレスト皇帝が突然ぬっと目の前に現れ、透真は驚く。しかし、すぐに探す手間が省けたと思い、表情を引きしめる。

「これを受け取れ」

「へ……? ありがとう、ございます?」

 透真が言葉を発するより先に、エベレスト皇帝からぶっきら棒に茶封筒を渡され、彼は恐る恐る中身を確認する。すると、中にはそこそこの額のお金が入っていた。

「あの、これって……」

「勘違いするでないぞ。これは誰よりも真面目に働き、欠員が出れば率先してシフトに入る勤勉な貴様に対する日頃の礼ではないからな。妹弟きょうだい達に美味しいものでも食べさせてやれという意図がある訳でもないぞ。ただの、気まぐれだ」

 絵に描いたようなツンデレっぷりを発揮され、透真は一瞬面食らったものの、小さく吹き出した後に封筒を返した。

「オレだけこんな大金もらうのも申し訳ないので、お気持ちだけ受け取っておきます」

「しかし」

「その代わり、今度こそ……この世界の人達と友達になれるよう努力して下さい」

「別に友達など……」

「はいはい、まずはほんの少しでも素直になるところから始めましょうか」

「うむ……」

「それじゃあ……今日のところは失礼しますね」

「少し待て……本日も二竜透真はよく頑張っていたと、タシターニも言っていたぞ。タシターニ以外の幹部達も時々、貴様のことを褒めている。あくまで幹部達が、だぞ」

「はい、ありがとうございます」

 エベレスト皇帝の言葉に透真ははにかみ、一礼してからその場を立ち去る。


 オレのこと、しっかり見てくれてたんだな……。


 自分の頑張りを見て、認めてくれていることが、透真は素直に嬉しかった。妹弟きょうだい達のことも気にかけてくれていて……そんな想いをなんとか形にしようとしてくれた、その気持ちが何よりも嬉しいのだ。エベレスト皇帝の、精一杯のデレだけで……不器用な彼らしい言葉だけで、もう少しだけ戦闘員付添人を続けるのも悪くないと、透真は思えた。


 もうしばらく気長に、ツン・デーレとスナオズの行く末を見守っていよう。


 ステレスエレベーターに乗り込んだ透真の表情は、とても穏やかだ。



【二竜透真 編 完】

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