ゴルバチョフ

Jack Torrance

黒い染み

老化現象。


若かりし頃の勢力は衰え人は人生の終着駅に向かってジェットコースターや飛行機乗機中の乱気流のように紆余曲折なエピローグに向かってひた走る。


人は老い朽ち果てる。


白髪、皺、染み、雀斑、頬、胸、腹、尻の垂み、エトセトラ、エトセトラ…


目を覆いたくなるような鏡に映った自分の容姿に反吐が出て鏡を叩き割りたくなる。


北方(きたかた) 春夫は残り少ない歯が昨日抜けた。


後7本。


ラッキー7。


この7本の歯を死守するんだ。


その願いが成就すれば、きっと良い出来事がそこに待ち受けている筈だ。


春夫の中の守護天使が春夫にやさしい声音で奨励する。


また歯医者代が掛かるな。


書斎の机の上に置かれた抜けた歯を見ながら春夫は思う。


春夫は、親から付けられたその名のせいで「春に生まれたのですか?」とよく聞かれる。


その質問に春夫は嫌気が差していた。


「いえ、実は私は12月生まれなんですよ。父が桜が好きでしてね。なので、流石に男の子に桜って名は付けられんだろうと言って春夫って名になりまして」


この台詞を生まれてこの方62年間の間に何百回言っただろうか。


春夫は紛らわしい名を付けた亡父を思い出す時に、いつも名前の事を考える。


春夫は北海道の札幌で内縁の妻のイレーナ アファナシエフと二人で過ごしている。


イレーナは春夫より4つ年下の58歳。


旧ソビエト連邦、現ロシアの生まれだ


春夫が32歳の時に帯広で開催されたスピードスケートの大会で春夫とイレーナは出会った。


イレーナの従兄弟がその大会に出場していて従兄弟の応援で来日していた。


イレーナの落としたハンカチが切っ掛けだった。


「ハンカチを落とされましたよ」


その声に振り返るイレーナ。


春夫の一目惚れだった。


イレーナの容姿は際立って美しいものでは無かった。


寧ろ、中の下。


春夫は当時テープが擦り切れる程に鑑賞していたロシアンポルノに夢中で金髪の外人女性に執着していた。


寝る間を惜しんでロシアンポルノで一晩に3回マスターベーションに耽る事もあった。


春夫は童貞だった。


自分の童貞は金髪の外人女性に捧げたい。


春夫は、そう願っていた。


春夫の声掛けに流暢な日本語で答えるイレーナ。


イレーナは祖国の日本語学校で日本語を習得していた。


「どうも、ありがとう」


春夫はアメフトのラインバッカーが見せる猛タックルのようにイレーナにアタックした。


春夫の容姿は中の中。


この中の下の金髪女なら落とせるだろう。


春夫の胸中に淡い邪念を抱かせる。


春夫はイレーナを食事に誘った。


お洒落なフレンチレストランへと。


そして、会計の際に財布の中身をちらつかせた。


春夫は消防隊員で公務員だったので蓄えはあった。


そして、春夫はイレーナに5万円握らせてラブホテルにチェックインした。


金髪女を買う春夫。


正しく、それは買春だった。


童貞の春夫に対しイレーナは28歳にして既に男性経験は千人斬りを超えていた。


祖国の街角で男に声を掛けられてはラブホテルにチェックインするイレーナ。


イレーナのセックスライフを例えるならやり手のサラリーマン。


正しく、ヤリマン。


春夫と内縁関係になってからもイレーナの男性遍歴は続く。


行き擦りの男とのワンナイトラブは続き58歳になったイレーナは今ではHIVに感染したチャーリー シーンと並び五千人斬りを超えている。


62歳になった春夫は、その事実を知らない。


イレーナの超絶テクニックで悶絶しながら童貞を卒業する春夫。


春夫の長い冬は終焉を迎え真の意味での春の訪れを迎えた。


桜咲く。


亡父の墓前でその朗報を春夫は伝えた。


春夫は通帳の預金残高をイレーナに誇示しイレーナをロシアから呼び寄せた。


そして、同棲は始まった。


イレーナは行き擦りの男からも金を受け取る事があったので春夫の懐は然程傷まなかった。


イレーナは容姿は中の下だが肌は美白だった。


メラニン。


人間の体内で精製される黒や褐色の組織。


遺伝子にも組み込まれる厄介なメラニン。


人種差別の根幹を成している。


何故故に人は肌の色で隔てられるのだろうか。


皮膚がんの原因にもなる。


正しく、悪の化身。


天は不必要な物を人に授ける。


色素沈着。


人間の大敵。


特に女性にとっての染み、雀斑は大敵中の大敵。


盛況を見せるコスメ売り場。


ファンデーションで白く塗りたくって染み、雀斑をひた隠す女性達。


増殖する鈴木 その子。


美白だったイレーナにもその兆候は28歳の頃から現れていた。


どす黒く色素沈着した乳首と乳輪。


そして、ヴァギナ。


春夫はイレーナと関係を持った時に尋ねた。


「君、男性経験は?」


「あたし、ヴァージンなの」


春夫は、この一言に燃え上がった。


肌は美白なのに乳首と乳輪、ヴァギナに色素沈着があるのは不思議だなと思ったが、きっと先天的なものなのだろうと春夫は思った。


それに、歓楽街のすすきのに女偏に穴に黒と書いてスナック【あそこ】と言う店があったので女性のヴァギナは黒い物だという固定観念が刷り込まれていた。


春夫は童貞を卒業した時に、まさかイレーナが千人斬りを達成していたとは夢にも思っていなかった。


そして、その色素沈着はイレーナの額にも現れ始めた。


ソビエト連邦共和国の最後の最高指導者にして初代大統領ミハイル“セルゲーエヴィチ”ゴルバチョフのように…


幾何学模様のような形だったその染みは少しずつ少しずつ歪な紋様に変形していった。


純白のYシャツに零したコーヒーの染みのように。


そして、レオナルド ダ ヴィンチの『モナ リザ』の隠し絵のように、その紋様は一つの被写体を見せたのである。


それは、上空から撮影された日本列島の形を表していた。


北海道、本州、四国、九州、沖縄本島、その他、諸々の有人島、無人島がイレーナの額にくっきりと浮かび上がっているのである。


だが、そこには北方四島は無かった。


北方領土。


北海道根室半島沖に位置する歯舞諸島、色丹島、国後島、択捉島の四島を指す。


ロシアは北方四島を対アメリカの軍事拠点として返還はしない。


ロシアに取ってみれば漁業水域にも関わってくるので手放しはしないだろう。


イレーナの遺伝子にはロシアのイデオロギーも組み込まれていた。


春夫の曽祖父は択捉島の出身だ。


北方家にとって北方領土の返還は家名を背負った一大叙事詩のようなスペクタクルロマンであった。


春夫はイレーナに噛みついた。


「君達、ロシア人は、あくまでも北方領土を返還する気は無いんだね」


イレーナはあたしの力ではどうしようもないといった感じで肩をすくめた。


「プーチンに逆らっちゃ駄目。ロシアの元スパイのアレクサンドル リトビネンコが亡命先のロンドンで暗殺されたの覚えてるでしょ。猛毒の放射性物質ポロニウム210なんて恐ろしい毒物を平気で使うのよ。KGBやFSBを甘く見ちゃ駄目」


「し、しかし、イレーナ」


イレーナが自分の唇に人差し指を当てて春夫を黙らせた。


「もう、それ以上は言っちゃ駄目。ウクライナ侵攻も対岸の火事だと思って黙って見て見ぬ振りをするのよ。プーチンは窮鼠じゃないのよ。強権と言う衣を纏った狂犬なのよ。経済制裁なんて甘っちょろい事言ってたらバイデンも岸田も暗殺されちゃうわよ。そんな政治的な話は止めましょ。春夫さん、あたしが今日も慰めてあ げ る」


イレーナは、そう言って春夫のシャツのボタンを外しに掛かった。


激しく春夫を求めるイレーナ。


しかし、春夫はイレーナの締まりのないヴァギナで射精する事は皆無に等しくフィニッシュはイレーナの超絶フェラというのが最近の定番と課していた。


春夫は婦人科の先生がイレーナのヴァギナをちょちょいと縫合してくれないかなぁ~と思っていた。


イレーナは実はロシアの諜報部員で既に反ロシアの重要人物をピックアップして祖国に伝達していた。


春夫はイレーナに逸物を口に含ませながら外交問題について熟考する。


春夫は消防隊員を早期退職して今は悠々自適な年金暮らしだが消防隊員の時のようなスリリングな日々を求めていた。


俺がプーチンを始末するしかないか。


春夫はイレーナの口内に射精しながら思う。


そして、春夫は日本の諜報部員となりプーチン暗殺計画に加担する事になる。


二年後。


春夫の住むマンション。


春夫の部屋の入り口周辺には黄色いテープが張り巡らされていた。


札幌警察署殺人課勤務、潮吹(しおふき) 嘗造(しょうぞう)は春夫の部屋でベッドの上に横たわっている春夫の骸と対面していた。


首をカミソリの刃で掻っ切られた全裸の春夫の死体。


目を見開き何か遠くの物をじっと見つめているような春夫の死に顔。


潮吹は一年前までは風俗課に務めていた。


違法風俗店の女の子に内務規範に違反して性的接待をさせていた。


女の子の間では、潮吹の嘗めテクは半端無いと語り継がれ潮吹かせの嘗ちゃんという異名で通っていた。


性的接待は上層部には漏れる事無く潮吹は一年前に殺人課に転属となった。


潮吹は殺人課に転属になっても違法風俗店のガサ入れの情報を流してやり見返りに性的接待と謝礼金を受け取っていた。


ズブズブの黒。


潮吹に正義感は皆無に等しくメラニンのように黒に染まっていた。


潮吹は47歳になる。


独身かと聞かれれば独身だがバツが3個付いていた。


実子が四人いるが養育費は払っていない。


賄賂で握った金は全て私利私欲の為に使っている。


競馬、競艇、パチンコ、マージャン、ブランド品、酒、セックス。


警察の給料と賄賂でも遊興費は足りないくらいだ。


潮吹は後輩達にも風俗店の女の子に性的接待を強要していた。


そして、仲間を増やした。


赤信号みんなで渡れば怖くない。


潮吹はローリング ストーンズの『黒く塗れ』を地で行く男だ。


後輩からは嘗(なめ)さんの愛称で慕われていた。


親指と人差し指で顎を摘みながら春夫の惨殺死体を見つめる潮吹。


検死官、鑑識が入り実況見分が行われている。


ラテックスの手袋を嵌めた手で春夫の我慢汁で染みが出来たグンゼのブリーフを摘みながらじっと見ている。


春夫のグンゼのブリーフのゴムの部分にはマジックでカタカナで〈キタカタ ハルオ〉と書かれていた。


多分、認知症で徘徊するかも知れないという危機感を募らせて書いているのだろう。


検死官が春夫の逸物の尿道に綿棒を擦りジッパー付きのビニール袋に入れている。


精子の有無を調べていいるのだろうが、潮吹はこの仏が最期に絶頂を迎えて殺られていればなと切に願う。


検死官は先端が針のように細い棒を取り出して春夫の手の指の爪の先を一本ずつ掻き出すようにほじくっている。


星の皮膚組織が検出されるのは五分五分だなと潮吹は思う。


潮吹は、こんな寒い時期に面倒くせえなという怠慢を他の連中の手前上、気取られないようにひた隠しにしながら職務を遂行していた。


潮吹の背後で声がした。


潮吹の後輩刑事の槍山(やりやま) 立男(りつお)だった。


「槍山も潮吹に囲われているズブズブの黒だった。


先週の夜勤。


槍山「嘗さん、この前の早苗ちゃん、あざーっす」


潮吹「おう、槍山、どうだったよ、早苗ちゃん。あれでチンポが勃たなかったら男じゃねえぜ」


槍山「嘗さん、そこんとこは任せてください。立つに男と書いて立男っすからね。俺にバイアグラは必要ありませんよ」


潮吹「バッカだな、お前って奴は。よっ、IOC会長、バッカ会長」


槍山「アハハハハ、上手いっすね、嘗さん。あっ、やべぇー、早苗ちゃんにパイズリしてもらったのを思い出したら、またポコチンが勃ってきちゃいましたよ」


潮吹「槍山、お前って奴は。俺も絶倫だがお前も相当なもんだなぁ~。よし、今度は南ちゃんを紹介してやっからよ」


槍山「嘗さん、ゴチになりまーす」


槍山は精力絶倫でバカっぽい話し方をする刑事だったが、その名が示すようにやり手の刑事だった。


既に近隣住民への聴き込みを済まし書斎の机の引き出しやリヴィング、キッチンと家探しも済ませていた。


「嘗さん、仏の身元が判明したっす。北方 春夫、64歳。前は消防隊員をやってたみたいっす」


ラテックスを嵌めた手で春夫の逸物を摘みチン長を目測で測る潮吹。


「見てみろ、槍山、この仏のチン長を。勃起したらチョコボール向井くらいはありそうだな」


クスッと吹き出す槍山。


「嘗さん、聴き込みの情報だと仏にはパツキンの女がいたそうっす。内縁の関係だったそうですが名前や国籍は近所の人は知らないみたいっすね。写真とか女物の衣服なんかが家からは出てきてもおかしくないんすけど一切そんな物は見当たらないっすね」


潮吹が新米刑事の御手洗を呼んだ。


御手洗は新米でまだ白だが潮吹は加奈子ちゃんのマットプレイで此奴も性的接待の虜にして囲ってやろうと目論んでいた。


「おい、御手洗、近辺のコンビニ、銀行、スーパーの防犯カメラに仏と金髪の女が一緒に映っていないか洗っておけよ。槍山、お前、畑山が絵が得意だっただろ。近所のおばちゃん達にその金髪女の特徴聴いて似顔絵書いてもらえ」


「はい、了解っす。それと、嘗さん、10時間前にこのマンションに入って来た白人の男が二人いるんすけど」


「よし、其奴らも畑山に目撃者に特徴聴いて似顔絵書いてもらっとけ」


槍山がジッパー付きのビニール袋に入った手帳みたいな物を潮吹に手渡した。


「何だ、こりゃ」


潮吹が怪訝そうにそれを見た。


槍山が言う。


「仏の偽造パスポートっす。名義は染谷 春吉になっているっす。渡航歴を見たら去年だけでロシアに5回、アメリカに3回渡っているっすね。何か臭うっすね。陰謀めいた何かが」


潮吹は、やるな槍山といった眼差しで槍山を見やる。


潮吹は仏はこの偽造パスポートで渡航した際には〈キタカタ ハルオ〉と書いているグンゼのブリーフを履いていたのだろうかと思案する。


「槍山、仏のブリーフに全部カタカナで名前が書いってっか調べとけ」


「了解っす。あっ、後、嘗さん、そのパツキンの女、でこに染みみたいなのがあったそうっす。あ、彼奴、あのソ連の、名前なんだったっけー」


潮吹が言う。


「ゴルバチョフか」


「そう、そうっす。ゴルバチョフっす」


「よし、その特徴も畑山に伝えとけ」


潮吹は壁に飛び散った春夫の血痕を見て何か地図のようだなと思う。


「おーい、槍山、この壁の血痕見てみろ。何か地図みてえだな」


槍山がひょこっと春夫の寝室の入り口から顔を出して見た。


「あー、そうっすね。何かそう言われればそう見えるみたいなー」


鑑識の山地(やまぢ) 図志雄(としお)が潮吹の一言で壁の血痕を観た。


山地は地図オタクでゼンリン地図が新しくなる度に買い直す生粋の地図マニアだった。

山地が言う。


「嘗さん、そりゃ北方領土の歯舞諸島、色丹島、国後島、択捉島にそっくりだな。配列まで地図を再現してるみたいだ」


「そっか、山さん、この壁の血痕も写真撮っといてくれや。仏のダイニングメッセージかも知んねえしよ」


一通り検視官、鑑識の実況見分と殺人課の家探しも終わり潮吹はブライトリングの腕時計に目をやると早朝の5時を回っていた。


ちょっくら一眠りして久し振りに自腹で南ちゃんでも指名してやっか。


丁度、早朝サービスの時間帯で安くなってっからよ。


南ちゃんの尺八も暫く味わってねえからな。


潮吹が春夫のマンションを出ると雪がちらほら舞っていた。


ダウンコートのファスナーを首元まで上げる潮吹。


吐く息が紫煙のように空に舞う。


空が白み始めるにはまだ時間がありそうだ。


明けない夜は無い。


この事件が迷宮入りしても俺の知ったこっちゃない。


潮吹はボロボロのスズキ アルトに乗り込んだ。


潮吹は運転が下手だったので車には頓着しなかった。


車内はエンジンが温もるまで寒い。


両手に息を吹きかける潮吹。


数時間後のパラダイスを想像しただけで潮吹の股間はエンジンよりも早く温まっていた。


南ちゃんとの90分壱万二千円コースを夢見ながらアルトをすすきのへと駆った…

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ゴルバチョフ Jack Torrance @John-D

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