【掌編】こわれた伯母

@BK987H

第1話 歯みがき

歯磨きをはじめた途端、伯母が僕らに言う。

「ベランダへ並べ。」


ふたりの従姉弟も一緒に並ぶ。


目の前には街灯がともる国道。

行きかうトラック。排気のにおい。


「もっと上を向いて磨け!」


後ろから伯母が叫ぶ。

怖くて何も言えない僕らは、言われるがまま上を向き、

3人並んで歯みがきを続けた。


目線の先には、月明かりで浮かぶ雲とうっすら光る星。


「もっと上!」


マンション1階のベランダでさらに上を見ようとすると、

物干しざおが視界に入る。


日に焼けて色が褪せた洗濯ばさみ3つ並んでいて、

昼間に遊んだ縄跳びの緑色が視界の端に色づいた。


「もっと!もっと!」


歯磨き粉混じりの唾液がのどに流れる。

ミントの香りが鼻を抜け、ちょっとした甘さが舌に乗る。

吐き出しそうになるのを目をつぶって堪えた。


「もっと上を向け!」


傾けた首は後ろを向くほどまでに。


目をつぶったままでは怒られる気がして、

そのまま真っすぐ後ろを見た。


視界に入った伯母は逆さまで、

ネグリジェ姿でぶら下がって見えた。


伯母の左手首には、緑色に光る蛍光の数珠。

右手には果物ナイフを親指と人差し指でつまんでいた。


叫ぶような声をだしていたはずの伯母の顔は、

台所の上の蛍光灯の光で黄色く照らされた柔らかい笑顔だった。



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